実生活について
僕は今日をもって、北星余市を卒業するが、未来が心配だ。
新生活に向けて荷物どうしよう?とか、朝ちゃんと起きて大学いけるかな?とか、何事にもはじめてには不安が付きまとってくる。でも、大丈夫だろう。習慣が身についていけばどうにかなる。この北星余市での生活で証明することができたから。
僕はこれから誰にも言えなかったことを話します。
僕が北星余市に来る前は人と関わるなんてどうでもよかった。「なにもしたくない」という気持ちが強かった。不登校になったのもサボりからだった。胃腸炎とかメンタルで学校に行きたくないな。電車通学だったがその中で気持ち悪くなるし。「もういいや」ってなった。プレッシャーもあった。部活で1年生の頃から次期キャプテンって言われて、苦しかった。その苦しさを誰にも言えなかったし、言わない方がいいと思ってた。そんな日々だったから中学時代は笑うことがなかった。怒りのほうがメインだった。親に反抗して常に争っていた。親には何回も何回も「学校に行ってほしい」と言われたが僕は強く跳ね返していた。親が言っていることは間違っていない。でも今の現実から逃げるために意地を張り、聞こえない振りをし続けていた。
中三の夏ごろ、親からせめて高校の卒業単位は取ってほしいと言われて、僕は東京から離れた所がよかったので寮生活ができる高校を探しました。母が福岡の高校を見つけ、僕が北星余市を見つけ、両方の見学に行きました。福岡の高校の寮の古さには絶望しましたが、北星余市の寮は綺麗だったので北星余市を選びました。寮の住みやすさで入学したのが北星余市でした。
入学してからの3年間は本当に一瞬だった。所々に記憶がぎゅっと詰まっていて楽しくもあり、つまんなくもあり、呆れもしたし、イライラもした。どちらかというとマイナスなことが強く残っている。みんなに言ったことは無かったけど僕は人の感情の起伏を繊細に気にしちゃいます。自分が怒られてなくても周りが怒られていたら自分が怒られているかのように感じてしまう。だから一人反省会もめっちゃしてた。後悔して反省してた。あの時こうしていればなーってね。めっちゃ考えちゃう。ひたすら自問自答を繰り返してた。後輩がもみ合いをしていて僕も近くにはいたが強く出れずにいた。あの時、超脳力者じゃないけど予測できていれば、強く出ていればその先は変わっていたのかなって。HRで綱基が怒っていることがあったけど、先に自分が動いていれば怒られることなかったのになって。悪いことが重なり続けて気持ちが落ちたこともたくさんありました。

人間関係だって、あんまり人と関われなかったと思ってる。友達と食事に行くことはあったけど、多くもない。最初に外で遊んだのも、写真に残っているのでいえば1年生の11月下旬だった。休みの日に余市の外に出て遊んだことは2年生の強歩の頃、S先生とが初めてだった。長期休みに地元で遊ぶなんて3年生の夏休みが初めてだった。1年生の頃は誰かを誘うことは0といえるほど無かった。ずっと受け身。誘う勇気なんてないし、そんなに誘えるほど親密な仲と言っていいのかわからなかった。2、3年の時も迷惑になるんじゃないかなーって思ってあまり誘えなかった。だから1、2年生の頃、日常生活で関わる人はほとんど先輩だった。寮の先輩たち、そしてバレー部の先輩たちの方が絡みやすかった。同級生が嫌だったわけではない。けどその結果、3年生になったときはみんなはグループというか仲のいい人たちがいたけど、僕はどこか居場所が定まらなくて、なんか違うなーって個人的には違和感が付きまとっていた。まぁそれならそれで自分の時間を優先したい気持ちもあったし、誰かと深く付き合うとかっていう考えは無かった。けど一時期、浜に友達と連日行ってたこともあった。これはこれで良かったと思っている。楽しかったし、何より落ち着けていた感じがした。このような人間関係だったが総括として、「これでも別に良かったんじゃないか」と言いたいが、どこか僕の中には寂しさが常にそばにあった。この気持ちもまた、誰かに言えなかった、誰にも言わないほうがいいと思ってた。
この3年間を振り返ってみると、僕は自分の意見や気持ちが言えなかった、伝えられなかった。なぜなら、過去の自分のことを言うのがとても嫌だったから。それを伝えて相手に心配をかけさせたくないという気持ちが先行していたし、やっぱり弱みを見せたくなかった。嫌われたくなくて、誰にも悪目立ちしないように振舞おうとして、仮面を被って被って被り続けていた。誰から見ても善い人でありたかった。相手の悪いところにも目を背けて、直接ダメとも言えず、相手の機嫌を伺い続け、広く浅い関係を続けてきました。相手と意見を合わせてうまく同調したり、知らないことでも知ってるかのように振舞ったり、相手に遠慮をしてはっきり伝えられなかったりした。誰かが良くないことをしていても見て見ぬふりをしたりしていた。卒業となる今でも誰かと深くかかわることが1回でもできていたのかわからない。
とはいえマイナスなことだけではなくしっかりプラスなこともあった。入学する前と今で変わったことがあるとすれば、表情が豊かになった、考え込まなくなった、考え方が柔軟になったと思う。人と関わることが増えて、人にはいろいろな考えがあることを知って、人と関わる上でその人の大事にしていることを考えなきゃいけないなと、考えるようになった。
今まで一つが正しくてあとは不正解だと思って生きてきた。最適解があってそれをするのが正解だと思っていた。だけど今は違う。正解というものはないんじゃないかと。正解を正解と思わなくなった。なぜかというと、生徒会やクラス役員、授業の中などでぶつかり合う意見を客観的に見ることができたからだ。
ここまでの話を聞いてみんなはどう思うだろうか。クラス役員から始まり、学級委員長、生徒会長もやってきた。部活も3年間やってきた。楽しく順風満帆な生活だと思っただろうか。楽しくもあり思い出もあるが、それと同時に虚しくもあった生活だった。だから僕はみんなにこんな生活は送ってほしくないと思っている。
そんな僕だから言えることを1、2年生の皆さんにちょっとだけ残す。友人関係のトラブルとか悩みとかあると思う。でもそれはひとりで考えても周りに聞いてもわかるもんじゃないです。僕はそんなんわからないです。人との関わり方なんて人によって違うんだから。3年間経ってもいまだにわからない。あと、一人反省会してる人。いると思います。別にしてもいいんだけど、一人で考え込んでも正解はでないよ。僕がしてたからよくわかる。だからこそ伝えられることがある。色んな人の考えを知ろう。学校そして世界中の人の考えを。広くものを見てほしい。色んな考えを知って成長の糧にしてほしい。ただし偏見を持つことだけはやめてほしい。他人への偏見からは良いことはなにも生まれないから。リスペクトを忘れないでください。じゃあどうやって色々な考えを知るか。その考えをどう生かすか。自分で見つけてください。正解はいつも一つではないから。
最後に。
59期のみんなへ
健康に生きていればいいです。そのまままた再会できたらいいね。これから社会に出るからまた新しい人間関係になるし、絶対しんどいこともあるけどそれも楽しんでくれたらいいなと思います。
保護者の皆さん、いつもお疲れ様です。本当にサポートがすごかったです。ありがたいけど、本業に支障がないのかなと心配になるくらい学校に来てくれて、いつも助かっています。これからもいっぱい迷惑をかけると思いますがよろしくお願いします。この場を代表してお伝えします。
この北星余市での生活を支えてくれた先生方、寮の方々、保護者の方々、地域の方々、そして、61期、60期、59期のみんな、本当にありがとうございました。
2026年3月7日 59期卒業生代表 加納陽啓
