実生活について
まず、自分が北星を知ったきっかけは、叔母が北星の生徒だったことです。小学校5年生の時に学校祭を見学に来たのが最初でした。そこで、ピンク色の髪をした人や、パーマをかけてメッシュを入れている、とてもかっこいい人たちがいました。その人たちに勇気を出して話しかけてみると、とても優しく接してくれ、出店で食べ物を買ってくれたりもしました。当時の僕は、「怖そうに見える人でも、見た目だけで判断できないんだ」と思い、この学校に興味を持ちました。
当時の僕は、とても元気で、みんなを笑わせたりするのが好きな目立ちたがり屋でした。小学校を卒業して中学校に入学すると、1年生の頃はクラスでも笑いを取れて、全員と仲良くできるような雰囲気でした。中学から新しくバドミントンを始めようと思い、バドミントン部に入部しました。ところが、周りはどんどん上達していくのに、自分だけ成長が遅く、実力の差が広がっていき、劣等感を感じるようになりました。1年目は体力作りばかりで、コートに立つこともできませんでした。
ようやく2年生になってコートに入れるようになりましたが、部内で一番下手になってしまいました。そこからが地獄の始まりでした。スポーツは上手い人と一緒に練習した方が上達するものですが、誰も自分の相手をしてくれなくなり、一人では練習もできず、行き詰まってしまいました。結局、2年目の秋ごろにバドミントン部を辞めました。
また、2年生に上がってからは、自分の今までのノリが合わなくなったのか、周りの人も離れていき、ついには一人になりました。そして行きたくない学校に無理やり行かされていたので親との関係も悪くなり、毎日のように些細な事で喧嘩していました。自分の安心出来る居場所が無くなったと思っていました。1度自分の身の回りに友達が出来たと思っていました、ですが、そうでは無いと気付き、どんどん周りから人が居なくなっていくのは言葉では表せないくらい辛いものでした。信用していた仲間達が周りから消えていくこれほど辛いことはないでしょう。なので、2年生の終わりごろには、午後になると帰宅するような生活になってしまいました。その頃から少しずつ進路を考えるようになり、僕は「北星に行く」と心に決めました。
しかし、北星余市のことを知っている人からは「お前もバカだな」といった心ない言葉をかけられました。小学生の時に学校祭で優しくしてくれた人たちをバカにされたのが、とても悔しかったです。「絶対にあいつらよりも楽しんでやる」と思いました。
中学3年生の頃、勉強ができなかった僕は周りに助けを求めましたが、突っぱねられてしまい、さらに勉強が分からなくなっていきました。授業中はただノートを写すだけの日々でした。「こんな学校、もう行きたくない」と親に訴えましたが、「北星に行きたいという願いが叶わなくなるよ」と言われ、毎日学校に通い続けました。正直、生き地獄のようでした。それでもなんとか卒業式に出て、無事に卒業することができました。そして、北星にも合格して来ることができました。
僕が北星に来たきっかけは、中学校での人間関係や勉強面での失敗をやり直すためでした。こうした経験をしてきたからこそ言えることがあります。それは、「本当の自分を出した上で一緒にいてくれる仲間や先生を大切にすること」、そして「自分の個性を押し殺してまで無理に友達付き合いをする必要はない」ということです。だからこそ、孤独感や不安感を抱える気持ちはよく分かっているつもりです。
自分は不登校してた人達は悪いとは思っていなくて、むしろ不登校という選択を取れた方が良いと思っています。自分は不登校という選択を取れなかったので周りから人が消えていく辛さや、勉強への困り感を味わいました。なのでそこまで辛い思いをしました。なのでみんなは本当の自分を自分を出した上で着いてきてくれる仲間を大切にしていきましょうそういう人たちは一生の友達になると思います。