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理念や指導方針

校長挨拶

57期生の皆さん。ようやくこの場に辿り着きましたね。
皆さんがこの学校に入学する前に望んでいた高校生活、青春時代は存分に味わえたでしょうか。そして、皆さんの手元にある卒業証書には、どんな経験や時間、そして思い出が刻まれているでしょうか。

皆さんの中には、中学時代を含めて前の学校で人との関係に自信が持てなくなったり、なかなか自分を認めてくれない周りにイライラしたり、諦めを感じたりしていた人がたくさんいるかと思います。
そんな時期に、自分の進路を選ぶにあたって、わざわざ人との関わりを柱にしているこの学校を選んでくれました。その選択に間違いはなかったと感じてもらえているでしょうか。

皆さんが過ごした高校生活では、今後の人生において必要な経験や学びがたくさんありました。
例えば、人との関わり方や思いの伝え方です。
中には、選んだ言葉や振る舞いを間違えて謹慎処分を受け、その時間を通して気づいた人もいました。また高校卒業資格としての単位も必要な学びでした。追試や補習を繰り返して、苦労しながらようやく手に入れた、という人もいますよね。それらは、これからの皆さんの生活にとって欠かせないものになります。この学びや経験はしっかりと皆さん自身のものとして刻んでおいてください。

さて、今の日本ではいろんな方法で高校卒業の資格が手に入ります。
朝起きるのが苦手だった人は、昼から通える学校を選んでもよかったし、わざわざ親元を離れなくても入学できる学校は見つかったかと思います。そもそも学校という仕組みを使わず、必要最低限の勉強で高校卒業の資格を得る方法も今の時代には存在するからです。

しかし、改めてこの学校での生活を振り返ってもらいたいのですが、必要最低限のものだけではなく、今風の言葉でいうとタイパやコスパ的には非常に効率の悪い生活指導やHR活動がありました。
例えば、先月行われた予餞会。わざわざあの時間をとって歌を歌ったりクイズをしたからといって、卒業に必要な単位にはなりません。朝のHRだって、その時間に席についていなくても、あとで担任の先生に今日の予定や連絡事項を聞けば、それほど困ることにはならないでしょう。「高校卒業の資格を得るために必要なこと」だけ͑を考えれば、A組とかB組といったクラスを作る必要も、もっと極端なことを言えばクラス担任との関わりをなくしても困らない場所や仕組みはあるのです。
高校卒業の資格を得るために、これほど非効率な3年間は、この先は流行らない仕組みなのだろうと思ったりもします。もっとスマートに、もっと便利な方法を人は求めていくかもしれません。

けれど、皆さんの経験したここでの高校生活は、それとは真逆の時間だったと思います。
1年の中では、強歩遠足やスポーツ大会、学校祭といった学校行事だけではなく、朝から顔を合わせる教室の中で、またクラスや学年で取り組んだイベントや生徒会企画の空間の中で、目まぐるしく繰り返されてきた関わり合いがありました。
そして寮下宿生活をして来た人にとっては他の寮生や管理人さんとの交流やぶつかりあいを経験した人もたくさんいるはずです。そんな時間がこの学校には流れています。

僕の好きな聖書の言葉に、「鉄は鉄をもって研磨する。人はその友によって研磨される(箴言2717節)」というものがあります。時間をかけて関わり、ぶつかり、理解し合うことで、皆さんの感性は磨かれて来たと思います。

きっと皆さんは、そのような非効率ともいえる高校生活を通して、人としての幅というか深みを得たはずです。
どうも自分とは合いそうにないと思っていた人から思いもよらない思いやりのこもった言葉をもらうことで無駄な力が抜けた人。
大人と関わるほうが楽だからと思って同年代との関わりを避けていたのに、自分が上級生になることで先輩として責任を自覚した人。
人前で喋るなんて絶対無理と逃げていたのに、自分の考えを表現することが楽しくなった人。
それぞれ違いはありますが、3年前の自分と比較してその成長を実感して欲しいと思います。

そう考えると、一見無駄に見える時間は感受性の強い思春期にはとても大切な肥料なのだと思います。
社会がとても便利になっていく中、時間をかけずに効果を求めることがメインストリームになっているように感じます。それを全て否定しようとは思いませんが、「無駄に見えるものの中に、実は大切なきっかけが転がっているんだ」と感じ取れる感性を失わずに社会に出て欲しいのです。
もしかしたら、この先皆さんが生活する場では、そのような生き方は「不器用」とか「時間の無駄」とバカにされるかもしれません。人より出遅れるようなことになるかもしれませんし、出世できないかもしれません。それでも、新しい関わりを作り上げていくためには無駄に思えるような時間をかけなくてはならないことは十分理解してもらえているでしょう。

少し社会に目を向けてみると、年が明けてすぐ石川県で大きな地震がありました。2ヶ月経った現在でも被害の全体像は明らかになっていません。失ったものが大きく、まだまだ支援が届かずに日常生活に戻る道筋が全く見えていない被災者の方がたくさんいます。
そして世界では、戦争や内戦といった紛争が続いているところがいくつもあり、命を落とす人が後を絶ちません。簡単に解決しない課題は、今もたくさんありますし、この先も生まれてくることでしょう。明るい未来が簡単には期待できない時代なのかもしれません。

今日のようなおめでたい日にこのような話をすることに少しためらいがありました。
しかし、北星余市高校の母体でもある北星学園は1995年、「キリスト教の精神に立つ学園として、平和を作り出すことの大切さと人権を尊ぶ教育の重要さ」という考え方を「北星学園平和宣言」という形で発表したこともあり、ここを巣立つ皆さんに「考え続けてほしい課題」として預けても大丈夫だろうと信じて、お話ししました。
自分の価値観に固執せず、周りの声も聞きながら、時間はかかるかもしれないけれど、どうしたらより良い解決策を見つけられるか、という練習をたくさんしてきた皆さんだから、です。

人との関係づくりや、物事に向き合い理解していくことに対して、タイパやコスパで測るようなことをしないで欲しいと願います。きっと楽な道ではないでしょうが、丁寧に生きていって欲しいのです。

そして、皆さんは4月までに全員18歳になります。20224月から18歳を成人とする民法が施行されています。社会的にはもう大人として扱われることになります。まだまだピンとこないかもしれません。この先、大きな責任も伴いますが、同時に自分の判断で出来ることも多くなります。最初に「ようやくこの場に辿り着きましたね」と言いましたが、皆さんの人生の本番はこれからです。大変なこともありますが、周りの力も借りながら自分の進む道を定めていってください。

 
もう一つお願いがあります。昨年もこの場で話したことです。

これから先、ぜひ弱い人の側(がわ)に立てる人になってください。困っている人がいたら声をかけられる人になってください。勇気のいることですが、その勇気と優しさを備えてください。今は一部の力ある側がその力を自分たちの都合のいいように使う場面があちこちで見られます。その陰で困っていたり足掻いていたり、戦っている人と一緒に考え、声を上げられる人になって欲しいと思います。

 
最後に、生徒たちを支えてくださった寮下宿の管理人の皆さま。時に厳しく、そして愛情を持って子ども達を支えてくださりありがとうございました。つい最近寂しいお別れもありましたが、天国から見守ってくれていることと思います。改めてありがとうございました。

そして保護者・関係者の皆さま。一回りも二回りも成長した子どもの姿に喜びもひとしおと思います。今日はひとつの節目であり、新たなスタートの日です。この日を迎えられたことを一緒に喜びたいと思います。ご卒業、本当におめでとうございます。今後とも本校の教育にご理解とご支援いただければと思います。

以上をもちまして、校長の式辞といたします。

 
202432
北星学園余市高等学校 校長 今堀浩

 

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