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実生活について

卒業生からのメッセージ

中1の頃、手に負えなくなった母から「高校は北海道やから」そんな発言を受けた

深夜の街を徘徊し大人に反抗の意思を持った子供が6年前大阪に居た。

中1の頃、手に負えなくなった母から「高校は北海道やから」そんな発言を受けた。もちろん、本気にはしていない。「何言うてんのやろ」そう思いながらも、「どうせ家を出されるなら、今のうちに」という事で非行はエスカレートしていった。欲しければ奪う。何かあれば暴力。多分、今もその事は親には知られてないと思うが、そんな生活を続けた。

中3になった時「何で行かなあかんねん」と反抗をした。一言父親に「お前ビビってんのか?」そう言われた。「井の中の蛙やわ。何も大した事無い。」私はそう言われた。いきおい「行ったるわ」そう答えてチケットを受け取った。「親に頼らず生きたる」今思い返したら情けないプライドが素直さを抑えてたのだと思う。

北星余市に入る時にはあまり不安は無く、「どんな子おるんやろ」とかそんな事を思ってたと思う。そして、「絶対に卒業したる」そう強い意志は持っていた。

寮生活の楽しさと大切さは卒業したらもっとわかる

入学したら寮での生活。何で高校生してるんやろって思う先輩も居たし、仲良さそうにじゃれ合う元ひきこもりの先輩も居た。複雑なのは俺だけじゃ無い。この関係はどうやってできたのか?そんな事も思った。

同じ建物に住んでることもあって、毎日自分の部屋に友達が入って来たり、先輩の部屋で一緒に遊んだり。そんな生活をして気付いた。こういう生活があるから色んな体験してきた人達と仲良くできるんか、と。

寮生活の楽しさと大切さは卒業したらもっとわかる。特に一人暮らしをすると、余計に感じる。

誰でも入れる職員室が大人への距離を縮ませてくれた。キャラの濃い先生ばかりで「今日はこの人に絡も」とか、今思えば失礼だが、そう思いながら職員室へ足を進めてた事もあった。

北星余市で思い出に残っているものと言えば、生徒会長だろう。実は言うと親に「どうせ入学すんねやったら生徒会長やってみーや」そう言われてた。流してたつもりがずっと興味をもたせてたのでやってみたいと思った時1人で恥ずかしくなった。

生徒会活動を通して自分が寮で見た「どの経験をしてきた子とのじゃれあい」を学校でする事が出来た。後輩たちに対する「先輩」という変なプライドでは無く、素直に接する事を見本として見せれたと思う。

何か失敗があっても支え合う。行事の目標にクラス全員で向かっていく。謹慎という失敗を通してそれらが偽物で無い事に気付く。その頃には入学前の変なプライドや大人への反抗心は無くなっていった。

生徒会長とは生徒会長にならない事だと思う。生徒から離れた立場になってはいけない。生徒会長を演じてはいけないという事を言いたい。

生徒会長をした事によって卒業式に「答辞」を読む事ができた。その場は失神するほど緊張した。言いたい事を全部言ったつもりだった。

自分らしさも人生において大切な事も社会的に生きていく力も何もかも余市で得た

来るわけ無いと思ってた親が卒業式に来た。いくら離れても親に頼らなければ生きていけない。他人じゃ持ってない安心感を、親は持ってた。それに甘えて生きてきた。親への感謝は親になってからできるものだ、それがわかって卒業できた事が、あの日「行ったるわ」と言った事に後悔せずに済んだ。

退場の時誰かのお母さんが「星くん!お父さんあそこにいるよ!」と声をかけてくれた。ふと見たら親が泣きながら俺を指差して「お前ようやったな」的な言葉を言ってた。抱き合いたかったけど恥ずかしかったし会場に俺だけ残される事を嫌に思って近寄らなかった。今は抱き合わず去った事に大変後悔してる。

今振り返れば北星余市が自分の原点だと思う。

自分らしさも人生において大切な事も社会的に生きていく力も何もかも余市で得たから。特に人と人との繋がりの大切さは痛い程わかった。あの生活が無ければ起きてた全ての事と出会った全員がいなければ確実に自分はいない。そう思わせてくれた場所だった。

今の俺は大学生をしている。奇跡の大学生と呼ばれてもいる。見た目で判断しない大人になって、同じような体験をしてる子たちの先輩になって、生きていく上で大切な知育では無く徳育を教えれる教師を目指している。

「俺も北星余市の教師の様な大人になりたい!」と思って何とか教職の授業に食らいついている。今は警察では無くてレポートに、時間に追われている。ハンドルでは無く、ペンを握りながら。

社会的に見ても、大学からしても、北星余市の印象が悪いのは、体験してわかった。バイトの面接で履歴書見せたら「帰ってくれ」と言われたり、「店壊したりするでしょ?」とか言われたりもする。教授にも「ロクでもない学生が来たもんだ」など言われる。そんなことがありながらも、まともに生きている。そういう風潮をかき消すため、卒業生として生きていくために。社会に負けたくない。「昔こうだったから」とかそういうので決めつけられたく無い。わかってくれる人たちに、わかってもらえるように大人としての行動をしてる。ずっと仲良くしてくれる子達はそのような壁を作らない子達だ。

過去は、生きていく上で大変小さな事

「人を見た目で判断すんな。」
「最近の若者は~、という大人が最近の若者を育ててるんや。」
「昔とか前とかではなく、大切なのは今どうやって生きてるか、これからどうするか」

そんなことを思う。

不良してたから、ひきこもりだったからそんな事はこれから先、生きていく上で大変小さな事である。それらをずっと胸にぶら下げて本当にしたい事などを妨げさせずに生きて欲しい。環境が人を作る。環境は人が作る。作られたく無い環境にあるのなら付き合う人を変えれば良い。余市には良い環境があるから。そこで髙橋 星は作られたから。

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