理念や指導方針

教員はいま

<文:校長・安河内敏>

明石大橋のふもと、一面に瀬戸内の景色のひろがる舞子ビラはとても大きく、立派なホテルでした。北星余市高校からは私を含め3名の教員の参加でした。舞子の駅についた私たちは、思ったより涼しい!ことにほっと胸をなでおろしつつ、さぁ久しぶりに多く事を外で学んで来ようと会場入りしました。

なんとそこで昨年本校に入学したものの、悩みがあって進路変更したA君とお母さんにばったりと出くわしました。その後ニュージーランドへ留学して約一年、A君も日本に帰って来たばかりで、このつどいに参加となったようです。とても元気になって、力強さも備わった感じを受け、再会を喜びました。愛知出身の彼は本校に来る前は不登校で、このつどいにも参加していたということで、このつどいの縁の不思議さをいつも思います。
 (2日間のつどいが終わっての帰路もまた同じ電車に乗り合わせて神戸までいっしょしました。9月の学園祭に遊びに来てくれるそうです)

私は第5分科会の「学校とのかかわり・学校づくり」の「学校づくり」というところにひかれて参加しました。現在の学校のシステムが相変わらず大量生産・大量消費型の社会に合わせたものであることから、きっと学校を出たさきにそのシステムで得たものが役に立たない事態が起こるだろうと危惧してのことでした。

参加してみるとその「学校システム」に合わない状態が不登校ということもできるのではないか?とだんだん考えるようになりました。であれば、身も蓋もないかもしれませんが、今の学校のシステムに戻ることを考えるよりは、これからの社会の形に対応できる仕組みを作ったほうがよいのではないか?と考えたりしました。

ここで問題なのは、これからの社会の形とは具体的にどのようになるのかが大人でもなかなか予測できないことです。目の前の事(情報)に近視眼的になっていませんか?

予測できないことに対応するためには予測できなかったけど一つ一つ解決してきたという経験値が必要なのだと思います。「こうあるべきだ」という教えは予測の中にむりやり落とし込んでいく作業でもあります。それでは対応できないことがたくさん出てくることでしょう。

今わかっていることから推測する力も必要でしょう。

非正規雇用40%、毎年の大卒者の3年以内の離職率30%、奨学金破産、10数年後には今ある職業の60%は違うものになっているらしい、人工知能の発達や自動化で仕事はなくなっていく?同時に人口減で就労人口も減る?これはバランスする?こうしたデータや知見からどのような世の中になるのか予測できるでしょうか?しかし現実は迫ってきています。

すでに問題は学校という装置で考えていく範疇を越えているのかもしれません。つどい実行委員長の船寄先生がおっしゃっていましたが、日本の学校の歴史は140年ほどだということなので、いまの学校という装置は万能ではないわけで、むしろ変化していかなくてはならないのだという事を考えさせられました。

ただ、なかなか変化の兆しは見当たらず、むしろ多様な評価ではなく、学業成績などの評価をより増やしていく方向に進もうとしているように見え、危惧しています。

1日目の夜には北海道のグループでもたくさん話に花が咲き、バイキング形式に強い事も見えました。600人を超える参加者のそれぞれの方が普段の不安な状況から解き放たれゆっくりと語り合えるこの場は登校拒否・不登校という問題だけではなく市民としてこの社会で協働していくつながりとして大切だと思いながら、北海道へと帰ってきました。

<文:教頭・田中亨>

理由が明確ではない不登校をなくすには…?

とある行政の方に「いじめにあった、教師に心ない言葉を言われたという明確な理由による不登校は別として、なんでかよくわからないけれど、不登校になってしまったという子どもが多い。これをなくすにはどうしたら良いと思うか」と質問された。

「すごい質問をされるなぁ」と思いながら、よくわかるその人の思いを受け止める。不登校に陥った子どもも親も悩み苦しむ。「そんなもの、世の中からなくなってしまえ!!」という祈りからくるんだろうと思う。その祈り、理解はできる。

質問した方は、不登校を経験した子どもたちを沢山受け入れて来た経験のある北星余市の教員だから、何か魔法のような解決方法があると思ってくれたのかな。でも、そんなものがあれば、全国で10万人以上いる不登校問題はとっくに解決している。

「不登校を予防するにはどうしたらいいか?」という問いを考えると、端的に「予め行きたくないと思う出来事をなくし、行きたいと思う学校にする」という答えになる。

けど、そんな単純な話でもない。

まずは自覚を持つことからスタート

そもそも学校に行かないという選択をする子、行きたくても行けなくなる子には、その子独自の様々な要素が絡んで、そういう状況が生まれている。学校教育制度、学校教育環境、社会状況、地域の特性もあるし、その子の生育歴、育って来た環境、偶発的な出来後、、、そういった様々な要素が絡んで不登校が生まれている。そういったことを考えたとき「よくわからない理由で学校に来ないという現象をどうすれば予防できるか」という問いに具体性をもちつつ一般論として応えること、マニュアル化することは難しい。

まずは、そういう自覚を持つことから。そこからスタートなんじゃないかな、と思う。

<文:教頭・田中亨>

ふとノートを見返していたら、気になるメモを見つけました。「非行」を考える全国交流集会でのメモです。「非行」を考える、、、っていうか、人ってものを考えさせてもらえます。毎度のことながら。

今日は「なんとかしようとすればするほど、自分の首を絞めてしまう」というお話。

この集会では、子どもが「非行」をしていて、悩んでいる真っ最中の親御さんたちだけでなく、その悩みがある一定解消されて、悩まれている親御さんたちを当事者の立場から支えようとされている方たちも多く参加されているんですね。

そんな先輩ともいえる方たちがこんな発言をされていたんですよ。

子どもがやりたくないと思っていることを続けさせてしまっていた。
自分が学歴主義に捕らわれてしまっていた。その路線に子どもを乗せようとしてしまっていた。
「この人はこういう人だ」「あの人はこういう人だ」と自分の生きてきた価値観で人を決めつけて見てしまっていた。「あなたはこう生きねばならない」と子どもに自分の価値観を押し付けてしまっていた。今となってはその価値観はとても狭いものだったと思う。
子どもは子ども、私は私。でも、家族だから見捨てない。そう思えるようになってから、子どもとの関係性が変わっていった気がする。

そして、その話を聞いていた、山梨県笛吹市で不登校の親の会「ぶどうの会」をされている鈴木さんがこんな感想を話されたんです。

「なんとかできないか、なんとかする方法はないか…と足掻いているうちは良い方向にいかず、子どもは子ども…私は私…と親自身が変わると、意外となんとかなることが多いのは不登校も一緒。ああ、やっぱり共通しているんだなぁ、、、って思いました」

これって価値観の違いからくる話なんだろうなと思うんです。親と子の。というか、人と人の。

自分では何もできず、判断基準もなくて、与えられたものを享受しながら、感じ、考え、成長していくのが人の育ちのはじまりですよね。そうして生きていけば、自分の感性や価値観が育って考えるようになる。そうすると自分の意見を持つようになる。おかしいものをおかしいと思うようになる。自分が正しいと考えるものができる。実際に正しいかどうかは別として。

これって、子供に限らず、大人もそうですよね。誰もが新人の頃は上司の指示を受けたり、先輩のアドバイスを受けて、不安も抱えつつ、考えながら、一つ一つをこなしながら前に進んでいく。一つクリアするごとに、感じるものがあるし、考えることが出てくる。一生懸命そこに向き合えば向き合うほど、気がつけば「自分」を持つようになってる。それに似ている気がします。っていうか、人の育ちってそういうもんなんだろうと思います。

そう考えた時「親だから子どもにいうことをきかそう」っていう、つまり無条件に「従わせようとすること」は、自ら感じ、考え、行動する人間に対しては、不可能なことなんだと思います。自分が感じて、考えて、納得が得られないと行動はしないし、行動を止めないでしょう。

一概には言えない色々な理由で、このような状態になってしまったら、それはもう相手の価値観を尊重する以外はないのかもしれません。「じゃぁ、やってみなよ」っていう。

ただ、何もしないで「やってみなよ」じゃない。一方で「僕はこう思うけどね・・・」という姿勢も保つ必要があって、これがあるから、失敗しても気づきがあるというか。はじめての道、目的地までたどり着くのに、自分が決めた道を進んだけどそこが行き止まりだったとき、「そういえば、あの交差点にたったとき、「こっちだと思うよ」と言ってくれた人がいたっけ・・・」という出来事があったかなかったかは、大きな違いになると思うんですよね。

<文:校長・安河内敏>

学園祭が終わったあとに、フィリピン訪問の報告会をしますので、集まってくださいとアナウンスがありました。この夏休みに2名の生徒がSYDという社会活動(幸せの種まき運動)をしている組織の事業に応募して、フィリピンでのボランティア活動、学びをしてきました。その活動発表会を自主的に準備してくれたのです。自由参加でしたが、ちょうど残っていた保護者の方を含め生徒たちが結構参加してくれました。

今の自分たちの生活状況とかの地の状況の違いは、想像していたよりも遥かに大きく、複雑な思いを未だに抱えているとのこと。正直にそうだろうなと思える生の発表でした。

話を終えると会場からの質問タイム。会場から出た質問の「どうしてこの事業に参加しようと思ったのか?」への答えが冒頭のものです。

とくに見たくはないものも見てみたいにその決意が感じられ、結果「複雑な思い」を抱え、そして「この思いが何なのか。もっと勉強してもう一度行きたい」と言ってくれました。学ぶこととはこういうことなんだと、生徒たちに教えられる思いでした。

<文:校長・安河内敏>

「きなくさい」と読みますが、語源をしらべると「何かがこげているにおいがする」ということから、「火薬などのにおい-戦争や事件が起こる」という意味に使われるようになったようです。なにやら世の中が「きな臭く」なってきているなかで、次の世代である若者に私たちはどのような事を伝えなくてはならないのか、待った無しに動いていかなくてはならない状況であると考えています。

身近にも「きな臭さ」は転がっています。情報機器の発達によって、便利になった反面、過激な内容を好んだり、他者を攻撃するアイテムに使われたりとその暗部がじわじわと確実に広がり、インターネットの世界だけではなく、現実に人を傷つける行為にまで発展している事例が出てきています。

最近、ニュースをみてあぜんとすることがありました。保育所や幼稚園が住民の反対で開園が延期、または取りやめになっている事例が多くあるというものです。その反対の理由で多くあるのが、「子どもの声がうるさい」ということだそうです。自分たちの静かな環境が子どもたちの声で乱されるということなのでしょう。

大人たちが自分たちの権利のみを主張する。国も国益ばかりを主張する。そうした事が極まってきていて、その先には何があるのでしょうか。想像するだけで、恐ろしくなります。

生徒諸君!君たちはうるさいくらいでちょうどいいのだ。多少痛い目に会ったって、失敗したって、どんどん動いてもいいのだよ。誰にも迷惑をかけない子どもなんかいるわけがないのです。それを受け止めるのが先輩である私たち大人ではないですか!と思わず叫びたくなるのです。

休み時間に職員室になだれ込んでくる生徒たちのおしゃべりの声に時々うるさいと感じながらも喜びを感じる「わたし」を保っていきたいと考えています。

<文:校長・安河内敏>

※下記は2014年4月12日に執り行われた第50回入学式の式辞です。

ご入学おめでとうございます。

今年度は、1年生59名・2年生名5名、3年生2名の合わせて66名の入学生をここに迎えております。「北星余市」での出発を祝うために日本各地から、お集まり頂きましたこと、関係者各位に、重ねて感謝申し上げます。

さて、みなさんには今の社会はどのように映っているでしょうか?

スマートフォンを持っていれば、なんでも調べられるし、誰かといつでもコンタクトできるし、ゲームもし放題!時間もつぶせるし、便利な社会だからいいんじゃない?と考えているでしょうか?

それとも、結局は人なんか表面上のつきあいで、バラバラなんだよ、でも独りぼっちはいやだし、合わせるしかないか。疲れるなぁ?と考えてきた人もいるかもしれません。

なんだか就職も厳しいし、ブラック企業なんてものもあるらしい。でも生活のためには稼がなくてはならないし、なんだかこの先楽しいことなさそう・・・まぁ、だから今楽しまなきゃ損!と思っている人もいるでしょう。

どのように考えるかが正しいのかをいま述べるつもりはありません。なぜならば正しいのか、正しくないのかは、今はたいして問題ではないからです。

たとえば昔、そんなんだったら、まともな大人になれないよ!と言われたことないですか?

私はよく言われました。お恥ずかしい話ですが、私は面倒くさがりだったので、すぐにサボることを考えるタイプでした。ですからコツコツと努力しないおまえはロクなやつにならないと言われてきたのです。それでまたそうやって怒られること自体が面倒くさいので、最小限の努力で文句言われない結果を出すためにはどうしたらいいのか?という方に能力を使うことになってきました。そのためには今何をしなくてはならないのか、状況の正確な把握が必要になり、観察する力がついてきました。面倒くさいことを回避するためにはどのように振る舞うのが一番なのかと…われながら、なんだかすごくはしょっこくて、嫌なやつに見えてきますね。

ただ、先ほど出てきたスマートフォン。便利でいいじゃないという人が使っていると思うのですが、同じようにさまざまな便利なものがたくさんあって、よく考えると便利なものは、面倒くさい、もっと楽できないかなぁ〜と考えた人が発明してきたのではないでしょうか?ということは、発明した人も使っている人にも「ロクな人間にならないよ」というべきなのでしょうか?
現実にはそういう人もいるし、そうではない人もいるということではないでしょうか?

たとえば、ボタン一つで大量の人を殺せる装置を作る人もいれば、障害を持った人でもハンディを感じずに生活できる装置を発明する人もいますよね。そして難しいのはどちらともいえないような物も多いことなのです。同じものが人を生かしもするし、ダメにもする。どのようなものが、なぜ、それにあたるのかを考えることが実は本当の勉強でもあるのだと思います。ロクな人間にならないと断じることは簡単ですが、断じることよりも一緒に考えることが、大切なのではないでしょうか。

もうひとつ個人的な話で恐縮ですが、面倒くさがりの私は、困っている状況をほっておけないという、あい反するような性格の持ち主なのです。これはとても悩みの種でした。だって、え〜面倒くさいな〜と思いながら、なんとか助けなくては〜となるわけですから。おまえどっちなんだ?ということを人に言われるまでもなく、自分で感じているのです。

しかし、考えてみればそれは自分だけかというと、そうでもなく、人々は複雑な相反するものをもっているはずなのです。ただ、多くの場合、いい面だけをいい面として残し、悪い面を悪いものとして見ようとしないか、抹殺しようとすることで、解決を図ろうとすることに問題があるような気がします。

ところが私で言えば、面倒くさいという悪く見える部分で、観察力が身についたし、ほっておけないという良く見える部分で無理をして疲れて、「なんで自分だけがこんなに苦労しなくてはならないんだ」というマイナスの心が生まれたりするのです。

みなさんには、もし自分という存在が一方向だけでしか見られていないなと感じた時には、投げ出さずに、本当にその面だけしかないのかを考える姿勢を身につけてほしいと考えています。考えるだけではなく、もちろん自分が実際に行ったことに対する責任は身に受けなくてはなりませんが、だからといって終わりではなく、次がある存在なのです。そのためにみなさんには、いろいろな人との関わりが保障されるべきなのです。特に同じく学校生活を送る仲間の存在はとても大きく、高校卒業後の人生をも支えあう関係になりうる人たちです。一時的には傷つけあう事があるのかもしれませんが、皆さんの先輩はそこを乗り越えて卒業していったのです。ぜひこのことを頭の片隅に置いておいてくれれば幸いです。

本校はキリスト教主義の学校です。
今年の年間聖句に、
「ひとつの部分が苦しめば、すべての部分が苦しみ、ひとつの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです。あなたがたはキリストの体であり、また一人一人はその部分です。」
(コリント信徒への手紙12章26節から27節)
とあります。

個人でも集団でもそのなかの小さき一つのものまで大切にされる。
そうした学校生活を守っていきたいと思います。

そのために私たち教職員は保護者の方や下宿の管理人さんと手を携えながら、とことんみなさんとおつきあいしたいと思っています。どうかよろしくお願いします。たくさんの高校時代の思い出をつくっていきましょう。

これをもちまして歓迎のあいさつとさせていただきます。本日はご入学おめでとうございます。

<文:校長・安河内敏>

※下記は2014年3月7日に執り行われた第47回卒業式の式辞です。

47期卒業生のみなさん、そして保護者、関係者の皆様、本日ここに卒業の日を迎えられますことをお慶び申し上げます。また47期生57名がひとりの遅れもなく全員が一緒にこんにちの卒業を迎えられるめぐみに感謝したいと思います。

みなさんにとって、この学校での生活は長かったでしょうか?短かったでしょうか?多くの人が「長い」と感じたのではないでしょうか?

時間の感じ方ほど状況に左右されるものはありません。悩みの多いときはたいていの場合「長い」と感じ、楽しみ・充実しているときは、「短い」と感じるものです。北星余市での生活の場合は、1年生、2年生の時は「長い」と感じ、3年生になると「あっという間」と感じたのではないでしょうか?

これは先生たちも同じ感覚なのだと思います。さらに卒業後の時間は加速して感じられます。高校までとは違い状況がどんどん変わっていくからです。あっという間に時間が過ぎていくという事は、先の話で言えば充実していたという事になるのかもしれませんが、じつは思わぬ落とし穴があります。

あっという間に時間が過ぎるというのは、何にもしない安穏とした生活をしているときにも感じるのです。これはいいのか悪いのか、私にはいまだにわからないのですが、私にはこんな事がありました。

ちょうど高校3年生の時です。受験をひかえ、勉強の分量が多すぎて、突然やる気が無くなりました。当時発売されたばかりのポータブルカセットデッキの「ウォークマン」を手に入れたのをきっかけに音楽(特にオフコースですが)にはまってしまい、ラジオも深夜まで聞くという生活が始まりました。抜け殻のように学校に行って、まっすぐ帰って机に座って親向けには勉強をしているふりをして、音楽を聴いている。そんな生活で鉛筆を持たない受験生としてあっという間に半年が過ぎていました。まさに感覚はワープでした。目をつぶったら朝になっていたというあの感覚です。

それでも舐めていたので、共通一次試験という大学に入るための試験をそのまま受けて、どこかの大学には入れるだろうとか思っていました。成績は平均点を大きく下回るものとなりました。結局どこにも受かるわけがなく浪人しました。

浪人の1年間はとても長く感じました。どこにも所属せず、先がわからないという不安定な状況だったからです。そして単純ながらも大切なことを学びました。「やっただけの結果しか出ない」ということです。

9年間と言えば長いでしょうか?さらにその間無収入で極貧生活をしているとなれば、さらに20年くらいに感じるのではないでしょうか?3学期の始業式の時に、皆さんにある本を読みますと宣言したことがありました。

実際その本を読みました。奇跡のリンゴの木村秋則さんのお話です。木村さんは農薬で健康を害している農家の方が多いことから、無農薬栽培でリンゴを作ろうとします。皮肉なことに農薬をやめた途端ぱたっと、リンゴが実らなくなったそうです。しかも9年間。普通ならまた農薬を使い始めるでしょう。しかも周りの農家からは、農薬をつかわないからお前のところから病気や虫が発生してこっちにも被害がでるということで、村八分になります。家族もつらい思いをします。なんども無農薬をやめようと思ったそうです。

ある日、もう生きているのもつらいので山の中で死のうと思って、どんどん山奥に入っていったところ、自然の木が実をたわわにつけているのに気づくのです。だれも手をかけず、肥料もやらず農薬も当然ないのに・・・。ぜったいに今まで常識とされていたことではない自然の法則があると確信したそうです。

そこから徹底的な観察が始まり、大学の専門の先生でもわからなかったことが次々にわかるようになったのです。そして9年目にリンゴの実が今までとは違う良い品質でできたという話でした。

私たちは便利で、すぐに情報を手に入れられる時代にいきています。しかしそれは自分の時間を使って、自分の頭で考えるという姿勢を奪っているように思います。

どんなに長いと感じても、自分で考えて、さまざまなものに実際に触れて、経験していく事が大切なのだと思います。
みなさんはまさにこの場所でそのような姿勢で生活してきたのではないでしょうか?

何かをするときに「そのやりかたしかない」という事が世の中にはいっぱいあります。本当にそうなのか?いつも考えられる時間を大切にしてくれる人であってほしいと思います。
 
後ろにご臨席の保護者、また関係者の皆さんこれまでのお支えありがとうございました。そしておねがいです。この卒業生たちの卒業後は大変困難な社会になっているのではないかと危惧しております。これからは指導者、保護者としてではなく、仲間として関わり続けてくだされば幸いです。
さて、本日ここからみなさんは、北星余市ではない広大な社会へと踏み出していきます。47期生にも多くの意義深い物語がこれからも記されていくことをお祈りして、式辞とさせていただきます。
卒業おめでとうございます。

<文:校長・安河内敏>

※2013年10月発行 北星学園報に掲載された記事です

厚生労働省が毎年実施している「新規学校卒業就職者の就職離職状況調査」によると、2012年には、高卒で就職した人のうち3年以内に離職する人は、全体の37.6%、大卒で就職した人のうち3年以内に離職する人は全体の30.0%もいることがわかってきました。厳しいと言われてい「就活」をくぐり抜け、せっかく得ることのできた職を3年をこえることなくやめてしまう、その背景に何があるのでしょうか?

私の世代であれば、学校で良い成績を取り、受験勉強をし、とにかく進学をすればそれなりの暮らしは保障されるという流れでした。現在でもそれは同じように見えるのですが、何かが違うのです。

あるニュース番組では、少子化が進み、地方では学校の統廃合が進んだため、子どもたちが遠いところからの通学になり、放課後に遊んで帰るという事が難しくなり、また、地域は地域で子どもが少ないので、まっすぐに帰って一人テレビゲームをしているというのです。都市部においても、これは昔からですが、思い切り体を使って遊ぶ場がないので、同じくテレビゲームで遊ぶ状況。そこで学校にかなりの金額をかけて、遊具を導入したところ、子どもたちが休み時間や放課後に集団であそぶようになったということが報じられていました。

子どもが遊ぶ、ということに関しては私のころとはずいぶん変わってきているのだという事を感じます。遊びはみんなで自らがつくりだすものでしたが、現在のそれは提供されるものになってしまっているようです。それでも、集団で皆がいきいきと遊んでいる姿を取り戻すという点では、朗報なのかもしれません。

もう一つ同じニュース番組の中で、象徴的な報道がありました。2020年に東京オリンピックの開催が決まったのですが、JOCの青少年育成のプログラム(JOCエリートアカデミー)があって、それは中学1年の入学時に、身体能力測定や、スポーツ28種の種目をやらせ、データを取り、最もその子に向いている競技を早くからわからせ、集中してやらせるというものでした。その中のひとりは、ずっとバスケットボールが好きでやってきたのですが、プログラムからの適正によると、射撃が向いているというので、悩みながらも射撃をはじめたら、あっという間に世界大会で銅メダルを取ったということが報道されていました。

このプログラムの是非は置いておいたとしても、私たちはいろいろやってみて決める、という事をもう一度見直さなくてはならないのではないでしょうか?そのためには、膨大な「これやって何になるのだろうか?」という時間と、労力が必要になってきます。世の中が安定していて、みんなが同じような方向で走っていればよかった時代は終わろうとしています。これからは、世の中がどのように変わっていくのかを予測したり、変わったということを自分なりに解釈し直して、新しい価値観を身につけなくてはならなくなるでしょう。子どもの遊びでは、その時々の状況と構成メンバーで、ルールがコロコロ変わっていきます。そうすることでより遊びが楽しくなるからです。いろいろとやってみて、様々な場面でどのように考えて動けば集団が最も力を発揮しうるのかという経験や勘のようなものは、じつは昔の遊びのなかに詰まっているように思います。

私たちの北星学園にとっては、学びや出会いの場をどれだけつくるかが重要になってきます。総合学園である強みは、学生・教職員にさまざまな立場の人が、それこそ総合的にいることです。それぞれの持ち場で力を発揮している人々(個)が、もっと大きなフィールドで連携し(集団)、事業をなして(遊び)いけば、学生・生徒にとっては、より多くの事を経験することができ、より大きな力をつけていくことができるのだと思います。

学園内で、小さなものからでもよいので、多種類の人が集まって何かを形にしていくことができていければと考えています。

<文:校長・安河内敏>

今年の学園祭のテーマは、「愛があれば都市の差なんて」です。とても面白いテーマだと思いました。見たときに思わずクスッと笑ってしまう表現なので、記憶にきっと残ります。

うまいなぁと思いました。

たしか5月に行われた「1年生研修会」のポスターにも「いつ行くの?」「1研(いま)でしょう!」と流行の言葉をしっかり取り入れていて、感心しました。ただの言葉いじりではなく、多くの人に知ってもらい、興味を持ってもらおうという、強い想いをうかがうことが出来ます。

学園祭のテーマも本校の特徴である、全国から生徒が集まって来ているという事をよく生かしたものです。東京や大阪、名古屋などの大都会から来ていたり、地方の都市、さらには自然たっぷりなコンビニなんてない、という場所から来た生徒もいます。そうしたさまざまな地域から来ているということで、この2学期の始まりも各地のお土産がクラスや下宿で出回ります。それは小さい出来事かもしれませんが、より大きなこととしては、生活してきた場所の違いがあることで、一人一人の語る物語が面白いということです。本を読むのと同じで、他の人の人生や考えに触れるということは、その後のより豊かな生き方に結びつきます。都市の差ならぬ人の差を大切に生かしていくというメッセージをあらためて素晴らしいと思います。

学園祭は楽しいお祭りであることも大切ですが、その取組みの中で「違い」をすり合わせながら一つのものを作り出していくという大切なミッションがあるのです。競争・個人主義がどんどん入り込み、多くの生きづらさを抱える若者があふれ出している今だからこそ、こうした本当の学園祭の意義を確認しておきたいと思います。

<文:校長・安河内敏>

本校は創立当初から、いわゆる偏差値の輪切りの中で、地域の公立学校へと行くことができなかった「15の春を泣いた」子どもたちの受け皿として存在しておりました。また、キリスト教主義の学校でもあり、「暗闇にあって星のように輝く」ために、ある時期、光の当たらない部分に生きる子どもたちに、ギラギラとした光というよりは、ともし火のような、しかしながら、長―く周りを照らし続けることのできる人間関係を築くことを目指してきたように思います。

自己責任、競争、成果主義などの追い込みによって、いじめ、自死、自尊心の低さなど、現在においても同じような問題が繰り返されているどころか、発達障がい、虐待、引きこもりの高年齢化などの問題が、新たに重複して表出してきています。そうした中で学校は何ができるのかを改めて考えなくてはならない時期に(遅いかもしれませんが)きているのですが、現実は新聞をにぎわせている相変わらずの状態です。しかし、私は学校だけではもはやこうした状況のなかで解決策のすべてを見出すことはできないと考えており、むしろできないからどうする?というところから始めるべきではないかと考えています。できない、というところから始めることで、なぜ?という問いが生まれ、どうする?というところへ早くつながるからです。それをできているという前提でいると、何も変わらないと思います。

本校では育ちに携わる機関・人と、垣根を作らず連携し続ける方向に舵を切ろうとしています。数多くの子ども・若者を支援するNPOや行政の機関との出会いを通じながら、どのような支援の連携の形ができるのかの模索に入っています。さらには教育の中身について客観的な視点を持つために、北星学園大学、北海道大学、和歌山大学、福岡県立大学などの大学とのつながりを通じて、様々な角度から、研究の対象にしていただいています。

「できない」大きな要因は、教育がニーズのみで動いているからだと考えています。大阪市立桜ノ宮高校で起きた痛ましい事件はそのことを如実に表しています。親や受験生のニーズに答えるために異常事態を感じながらも黙認する風土が学校に出来上がっていました。しかしこうしたことは、今に始まったことでもなく、この学校の特殊性でもなく、日本全国にある問題であるという認識が重要です。ニーズを無視しろと言っているわけではありませんが、しっかりと教育機関が社会を見据え、育ちに本当に必要なことは何なのかを逆に作り出していく機能がないことが問題なのです。しかしその機能をうまく働かせるのは教育機関だけではなく市民そのものでもあります。つまり私たち大人(保護者・支援者…)が社会に合わせるのではなく、つねに社会を作っていくのだという価値感を持ち、本当の豊かさとはなんなのかということを考え続ける必要があります。有史以前からの「捕りすぎ、使いすぎは自分の首を絞める」という明快な教訓を現代人である私たちも生かせずにいるのです。いま子どもたちに起こっていることは、社会にたいするNOというサインです。社会を変えなくてはならないし、変えるのは政治家でもエライ人でもなく、私たち市民だという事をかみしめながら、教育にあたっていきたいと考えております。

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