良いものを拾おう、普段の様子 2022.5.31

西岡牧師のお話です。

凸凹だから良いんです!

高崎 麻美

みなさん、こんにちは。
土日は寒く、久しぶりにトレーナーに上着を着るほどでした。
本州の方では最高気温32度などで、とても暑かったようですね。みなさん体調には気をつけてお過ごしくださいね。

本校では今日から3日間、中間テストです。テスト後に職員室に来た生徒たちからは「あの問題、難しかった〜」「点数とれてないかも、、」と不安そうな声が聞こえてきました。
あと2日間あるので、頑張ってくださいね。

さて、先週もお伝えしましたが昨日は月曜日だったので1時間目は全校礼拝から始まりました。
昨日は余市教会の西岡牧師が来てくれ、お話をしてくれたので、早速その様子をお届けします。


前回に続き、昨日も生徒が司会をしてくれました。この日は3年生の男の子。緊張している様子でしたが、確認しながら慎重に進めていました。


余市教会の西岡牧師。西岡牧師は本校の37期卒業生でもあり大先輩です。今日は高校時代の話を基に、お話してくれました。


北星余市の1年生の夏休み明けのことです。友人のHくんと職員室の前にいるとゴリポン(菊地先生)Hくんが呼び止められました。

「野球好きだったよね。野球部に3週間でいいから入ってくれ!部員が少なくて困っているんだ」
Hくんは僕のほうをちらっと見ました。しまったと思いました。

次の日の放課後、僕とHくんはジャージ姿でグラウンドにいました。
当時の野球部は部員が9人。誰かが怪我すると終わりという状況でした。やったこともない野球。しかも硬式のボールです。ゴリポンは「バッティングは腰を回して当てるだけ」としか言いません。とても不安を覚えました。笑

野球部のキャプテンは2年生でピッチャーのFさんでした。一年ダブって入学したため年齢的にこの秋が最後の大会でした。
このFさんはとても野球が上手でした。投げるだけでなく、打つのも守るのもとても上手でした。
当時二十数年間、公式戦で勝ちがなかった北星野球部でしたが、「Fさんが9人いたら最強だな」と思ったものでした。

皆さんもそういうふうに思ったことはないでしょうか。
「大谷翔平選手が9人いたら・・・」とか。サッカー選手でもなんでもいいんですけど、ずば抜けて強い選手が11人いたら・・・とか。

でも、この考え方は非常にいのちを軽視したものだと今では思います。
「みんな同じならいいのに」という思いは悪意がなくても、それは大きくなっていくと排他的に、違いをゆるさない、ゆるせない思想へと育っていってしまうのです。


僕のいた北星野球部は多分、すごい凸凹していたと思います。
実力もそうなのかもしれないですが、それぞれに個性溢れた人たちの集まりでした。
ピッチャーは先にも述べたFさん。
キャッチャーは僕の同級生のMくん。負けん気が強く、先輩にも遠慮せず厳しく意見できる実力者でした。
ファーストは2年生のIさん。背が高く髪の毛は茶色でした。試合の前に黒染めのスプレーを愛用していました。
セカンドは2年生のYさん。面倒見が良く優しい先輩でした。彼女がいました。
サードは2年生のSさん。この人は僕が言うのもなんですがメンタルが弱く、練習中でもすぐにふてくされ、年下のMくんにいつも怒られていました。でも、試合で絶妙なセーフティバントを決めたのでした。
ショートは1年生のTちゃんでした。小柄でしたが守備がとても光る存在でした。飄々としていておじいちゃんみたいな顔をしていました。
レフトは1年生のKくん。寡黙で練習熱心な友人でした。

実は野球部はこの秋大会で二十数年ぶりに勝利をおさめるのでしたが、27個目のアウトのボールをキャッチしたのがKくんでした。
センターは1年生のFくん。左利きで肩が強い選手でした。2年生のFさんが引退してからは代わってピッチャーを務めました。
ライトは2年生のHさん。眼鏡をかけたがっしりとした先輩でボールを飛ばす力は一番でした。無口でしたがとても優しい先輩でした。
そして、控えには1年生の友人Hくん。石狩から毎朝5時に起きて通っている友人でした。
北星に来て最初にできた友達で、行き帰りのバスもよく一緒でした。野球好きで、まさか一緒に野球をやる羽目になるとは思いませんでした。
・・・皆さんにはまったく興味のない話をしてしまったかもしれません。すみません。

不思議なことに3週間の間でしたが、野球部のみんなのことを今でも鮮明に思い出せるんです。
それは、みんながそれぞれに凸凹していたからです。違っていて、その違いを持ち寄って、時に衝突しながらも、野球に一生懸命取り組むことができたんです。
そして、あの勝利は僕の人生の中でも忘れられない瞬間でした。もし、ありえないことですけれど、9人全員が実力のあるFさんだったら、思い出には残らなかったはずです。

今日は皆さんに僕の思い出話をただ聞いて欲しかったわけではありません。
全然共感できないだろうし、興味も湧かないかもしれません。それで良いのです。

でも、みんなもそれぞれのクラス、学年、部活、生徒会活動、寮・下宿生活において、凸凹の中で生きていると思うんですね。

だから、今日伝えたいことはその凸凹を大切にしてほしいということです。

そして、覚えていてほしいんです。「一人は仲間の中にあってこそ、その人らしさが十分に発揮される」ということを。
誰も同じを目指さなくて良い。誰も遠ざけたり、排除したりしなくて良い。
それぞれの凸凹を喜び合って、素敵なクラス、学年、部活、生徒会、寮・下宿を作ってほしいと思う。

《すべてが一つの部分になってしまったら、どこに体というものがあるでしょう。だから、多くの部分があっても、一つの体なのです。・・・体の中でほかよりも弱く見える部分が、かえって必要なのです》と聖書には書いてありました。

全部が強くある必要はない。弱く思える部分があるから繋がることができる。そうやって、お互いに必要としあう関係。凸凹を喜び合うことのできる関係。そこに、聖書が伝えようとしている「愛」があるのです。



「凸凹を大切にしてほしい」
「一人は仲間の中にあってこそ、その人らしさが十分に発揮される」

西岡牧師の言ってくれたこの言葉は、まさに北星余市にピッタリです。
北星余市も凸凹した人たちの集まりです。この野球部の人たちのように、それぞれに得意分野や個性がある人が集まっています。その個性を自分も周りも大事にしながら、互いに許し許されながら、過ごしています。
弱い部分や足りない部分は誰かに助けてもらったり、補ってもらえばいい。

西岡牧師が「9人全員が実力のあるFさんだったら思い出に残っていないはず」と言っていたように、ここ北星余市のように個性が集まる場所だからこそ、みんなの中により濃く残るものがあるのかもしれませんね。

西岡牧師、素敵なお話をありがとうございました!
ちなみにこちらが話の中にあったゴリポンこと菊地先生です。
この話を聞きながら笑っていました。菊地先生も当時を思い出したかな?

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