北星余市での日々

2022.03.03 コラム

北星学園余市高校宗教主任

塩見耕一

KOICHI SHIOMI

多くの高齢者の前で礼拝を行っていた私が、高校で宗教主任として若者たちの前に立つこととなったのは今から25年前のことでした。平和や差別などの社会運動と関わり、基本的に自ら求めてやってきた人々の前で牧師として語ることと、「キリスト教なんか何の役に立つん、面倒くさいだけじゃん」「洗脳されるんじゃ」という高校生に語ることとは大違いです。見かけは様々な子どもたちがいました。自分が経験してきたようなそこらの学校なら目立つような子どもがたくさんいました。中退や不登校経験は珍しくなく、やんちゃそうな子も、大人しすぎる子もごちゃごちゃにいる集団でした。

最初は戸惑ったというよりも、何をどうしたらよいのかもわからないまま、毎日起きるトラブルに振り回される日々でした。しかし、大変だという思いと同時に「今日は何が起きるのだろう」とワクワクしながら学校に行く自分がいることに気づいたのです。周囲からは「あの学校は大変でしょう」と言われますが、時間的、物理的には確かに大変なのかもしれないけれど、それとは別の何かがあることに気づいたのでした。それが何かを理解するのには長い時間がかかりましたが、キーワードを見つけた気がします。それは、「本気」です。

「本気」。中退や不登校を経験する中で、自分の人生を半分投げ出したような感覚でいる子や、教師や大人不信にとらわれ将来に希望を持てない子、人と比べて何も優れたものがないと思い自己肯定感を持てない子。だから1年生で入学したときはぐちゃぐちゃです。でも、この学校や下宿で生活する中で、夢や希望を抱き、本気で実現に向けて全力で取り組んでいる先輩たちの姿を見たとき、「本気で頑張ることがこんなにもかっこいいのか」「こういうことを頑張ればいいんだ」と気づいて変わり始めるのです。本当にかっこいいです。みるみる成長していきます。そばで見ながら私自身多くのエネルギーをもらいました。未熟ながらも「人間としての器がでかい」と感じる子が何人もいました。この学校は私の人生にとっても宝物でした。ありがとう!

文:塩見耕一/写真:辻田美穂子

 

プロフィール

塩見耕一 | Koichi Shiomi

1957年北海道生まれ。10歳で九州の宮崎へ転居し京都の大学へ進学。牧師として四国の松山で3年、さらに教科の牧師として広島で10年を過ごす。40歳の時に北星学園余市高校の宗教主任として赴任する。4回の担任を経験する。

 

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