みんなで創りあげる、学校行事 2018.7.9

弁論大会〜課題の部〜

頑張っていた弁士達をご紹介しますよ。

みなさん、こんにちは。
西日本にお住いの方、大丈夫でしょうか。テレビを見ていると連日の大雨の影響で被害に遭われている方々が多くいらっしゃって胸を痛めております。
被害に遭われた方々には心からお見舞い申しあげると共に、復旧に尽力されている皆様には安全に留意されご活躍されることをお祈りいたします。
余市もここ数日は雨が続いていましたが、昨日は晴れ間も見え、今日は曇り空のままです。また、明日から雨が続くようです。この気象、何なんでしょうか。

さて、今回はタイトルにもある通り6月27日と28日に行われた校内弁論大会の様子をお届けします。
2日間にわたって行われる弁論大会ですが、1日目は課題の部、2日目は自由の部に分かれて行います。
今日はその1日目の様子からどうぞ〜。


課題の部の今年の弁題は「時代」でした。6人の弁士達がそれぞれ語ってくれました。
写真はちょっと恥ずかしいという子がいたので5人しか写っていませんが、その子もいい話をしてくれました。
初挑戦の人たちが多く出場していましたよー。まずは弁士達のご紹介です。
トップバッターで緊張したであろう2年生の子。堂々と話してくれました。
この弁論大会はいつもと違う雰囲気が漂っており、みんなその空気感に飲まれないようにと思いながらも緊張しています。
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入学して約2ヶ月半の1年生。人前で話すなんて勇気が必要だったでしょう。よくやりました。
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そして、優秀賞に輝いたのは2年生の宮田くんでした。
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私が写真を撮ろうとするといつも嫌がられていましたが笑、職員室で見かけて「みやたくーーーん!」と声をかけると、「ブログに載せるんでしょ、いいよー。」と、何と理解が早いのでしょう(笑)
有難いお返事をいただいたので、写真と原稿全文を載せたいと思います。それではどうぞ。


今も昔も考えられている。
もしもドラえもんのタイムマシーンがあり、戻りたい過去に戻ることができるのなら・・・と。

例えば小学生の頃などに夏休みの終わりが近づくと「夏休み前に戻りたいなぁ」みたいなことを思ったことのある人は多いと思います。きっと。
そして、その逆の未来にも行ってみたいとも考えている。

中学生の頃も、引き続きそんなことを思った人も多いでしょう。

そして今現在私がこの状況に対して抱くのは、この弁論の出番が終わった時間までタイムスリップしてほしいということです。

ところで皆さんには戻りたい過去のポイントが何か所ありますか?

あらためて考えてみると私には戻りたい過去があまりありません。

当然歳をとって20代・30代になればこの場でしゃべっていることとは違って、学生時代に戻りたいと言っている自分がいると思います。

普通であればこんな話の展開になると、いまこうして話している私に対して、
「あいつには戻りたい過去がきっとたくさんあるんだろうなぁ」なんて想像してしまいますよね。
私も聞く側であればそう思ってしまうでしょう。
ところが私には戻りたい過去というポイントがあまり存在しないのです。

ではなぜ前半こうした話をもってきたのかというと、自分の経験の中で、
「あの時こうしていたら・・・」や
「そのときこのようなことがわかっていれば・・・」
などのいわゆる「たら・れば」をいつまで考えていても、実際には戻れないし、過ぎてしまったことなのでどうしようもできないということが多くあったからです。

それよりはむしろ、その時と似た状況が起きたときに、その「たら・れば」を活かすことができたほうがよいと思うのです。

この「たら・れば」という言葉のイメージはさきほど述べたとおり
「あのときこうしていたら」や
「その時このようなことがわかっていれば」
と事実とは異なる仮定を言い出し、事実の結果を批判したり、後悔するというものだと私は思います。

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私は中学のころ、一か月もしないうちに不登校になってしまいました。なぜ動けなくなってしまったのか。
いくら考えてもわからないまま数ヶ月間、家に引きこもっていました。
私と似た様な経験をしたことがある、と言う人がいると思います。

そしてある時、中学の先生が家に来て言いました。
「フリースクールに行ってみないか」と。
私もさすがに引きこもり過ぎは良くないと思い二つ返事で行くことが決まりました。

そのフリースクールには、私と似た様に学校に行けなくなってしまった生徒が数人おり、その子たちに聞いてみても私と同じく理由がないと言っていました。

だから、どうして学校にいけなくなったのだろうと考えても私の場合、答えは出てきません。それは今でもわからないままです。

最近では理由を考えても、あまり意味がないと考えるようになりました。

しかし、学校に行けなくなったおかげ・・・と言うのは変かもしれませんが、そのおかげで、フリースクールに通い、興味のあったギターを始め、それからはフリースクールの先生の知人がボランティアでバンド活動をしており、その人が私に「一緒にバンド活動をしないかい」と言ってくれたことがキッカケで、色々な場所でLIVEをして廻り、凄く充実していました。

ここで「たら・れば」が実際に起こっていたら、の話をしましょう。

もしも私が学校に行っていたら、今の様に自分らしさを出して生活してこられたのだろうか疑問です。
「普通」と言う枠の中に自分を押し込み、普通の生活をしていたでしょう。

もしも私がフリースクールに通っていなかったら、私と似た境遇の人と出会うことはできなかったと言えるでしょう。
家でダラダラ生活をしていて、ギターに興味を持つだけ。ギターを弾ける様にはなっていなかったでしょう。

もしも私がギターに興味を持っていなかったら、ボランティア活動をしているバンドに参加してLIVEをしていなかったでしょう。

そして何より、この北星余市にめぐり合うことができなかったでしょう。いまでもギターは私の支えになってくれています。

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だから、私の場合「あの時こうしていれば」とふりかえることは、ここまで経験してきたことを否定することになるのです。

むしろ、偶然的につぎつぎやってくることに身を任せた方がうまくいくようです。
うまくいかなくても、次の偶然はやってくるものなのです。
私の場合はそうでした。
動かなければあくまでも0のままなのです。
バクチのようですがみなさんも、このような偶然の波に乗ってみるのもよいのではないでしょうか。

そうすればあなたの時代がやってくるかもしれません。


今までの過去の経験を振り返って「ああしていたら」「こうしてれば」とネガティブになるのではなく、「たら」「れば」を今後に活かすことで前向きにやっていく。
自分の選択して来た人生に誇りを持って歩んでいる宮田くん、素敵ですね。
大人になっても「たら」「れば」を考えてしまう時があるものです。でも、宮田くんのようにそれを活かすことでまた見え方や考え方が変わってくるものです。
それぞれのみんなの「時代」。やってくるといいですね。

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