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「お客様と一緒に楽しく幸せな空間を創りたい」
「北星余市に帰りたいとは思ってないんですよ」

2016.03.28 卒業生

覚悟を決めて突き進む/45期・2012年4月卒

渡辺 謙典

KENSUKE WATANABE

プロフィール

1992年10月生まれ 
千葉県出身
地元の高校を1年で中退後、北星余市に1学年から編入。
卒業後、札幌市内の大学在学中にヨサコイと出会う。
大学中退後は地元に戻り、テーマパークのダンサーを目指して練習を続け、厳しいオ―ディションを見事に勝ち抜き、2015年4月にデビュー。
さらなる夢に向かってダンス漬けの日々を送っている。

初夏を思わせる日差しが眩しい4月、イクスピリアのフードコートに現れた渡辺謙典さんは、見るからにシェイプされた身体と爽やかな笑顔を持つ好青年でした。

(聞き手/PTA・白土)

 

INTERVIEW

卒業生キラ星インタビュー

ーー 今日は時間は大丈夫?

「夕方ダンススタジオに行きますけど、それまでは大丈夫です。」

ーー 休日もダンス、なんだね。現在はどんな生活?

「会社に出勤して、その後もバーテンの仕事やダンスのレッスンなどダンスイベントのリハなどをしてます、生活は苦しいですがこれからもダンスで生きてく為に努力は続けています。」

ーー ご両親と同じ 45期PTAの仲間でもある私から見ると、謙典くんはダンスのサラブレッド。お母さんはダンスの先生だし、お父さんは伝説のPTAダンスチーム「お嫁サンバ隊」の中心メンバーだしね。

「えええー 親父がですか?聞いたことない。」

ーー 最後は「普通のオジサンに戻ります」って言ってたし。(笑)じゃあ、お父さんとはダンスを通じてのカラミはない?

「そうですね。でも応援してくれているし、親父の協力的な感じには本当に助けられてますね。何かイベントがあれば観にきてくれるし、それもあるから多分今も頑張れているっていうのはありますね。」

ーー お父さんのは、なんちゃってダンスだけど、お母さんはちゃんとした専門家。何か影響は受けてる?

「子供の頃に少しだけおふくろの仕事を見に行ったり、一緒にミュージカルを観に行ったり、それで自分の中でそういう世界への憧れが芽生えました。おふくろは、やっぱり宝塚に出たかったっていうのもあるし、いろんなやりたかったこともあるはずなんですよ。じゃあ僕がそれをやることで、夢を叶えるっていう訳じゃないけど、おふくろの代わりにっていう意識もありますね。」

ーー 子供の頃ダンスを習ったりは?

「してないです。劇団四季とか宝塚とか、すごく好きで、そういう人になりたいっていう想いはありましたけど、まわりの男の友だちには言えなかったですし。興味の対象が違い過ぎて。(笑)」

ーー そんな謙典少年が、やがて北星余市高校に入る経緯は?

「はじめは地元千葉県内の高校に入ったんですが、そこで遊び過ぎてしまって、1年で辞めることになりました。で、北星に1年ダブって編入しました。特に深い考えがあった訳でもなく、親父が北星の話を持ってきたからというだけで。もし通信の話を持ってこられたら、そっちに行っていたかもしれない。ただ、親父が積極的に北星のチラシや資料を持ってきて「ここがいいから」って言うんですよ。「ええー?」と思いましたけど、「ま、いいか」と、すべてが軽い感じでしたね、今思うと。」

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学校は大好きでした。ただ、学校の勉強が大嫌いで邪魔だったんですよ。

謙典くんのお父さんの明雄さんが話してくれたことがありました。脱サラして自分がやりたい事業をやるために、家庭を顧みなかった時期があると。そのことが謙典くんの最初の高校の中退にもつながったと考えておられるのです。
その頃のことを謙典くんに聞いてみると、お父さんへの理解を示す言葉が返ってきました。

「親父がやりたい事をやるっていうのは、いい事だと思っていたし、そのためにあんまり家にいないっていうのも、それは僕たちのためでもあるんだと理解していたつもりです。」

ーー 「親父、そこはそんなに気にするなよ」と。

「そう言いたいですね。(笑)」

ーー ということは、学校自体がつまらなかった?

「学校は大好きでした。仲のいい友だちと会うのも楽しくて、楽し過ぎて学校から飛び出して外で遊んでしまった、という感じ。
いわゆる行きたくても行けない不登校っていうのとは違って、暇だから行こうかなとか、それでつまらない授業になったら帰っちゃう。ただ、学校の勉強が大嫌いで邪魔だったんですよ。」

ーー 北星にも一応勉強や授業はあるけど、3年間通い続けたね。

「北星は、勉強しなきゃしないで何とかなっちゃうっていうのもありますけど。(笑)ただ、学校の勉強では出来ない学びが出来ましたね。人と人との関わりとか、人間としての成長のしかたを教わった。具体的には下宿の先輩たちに教わったことが大きい。セコい生き方もカッコいい生き方も教わりましたね。」

ーー セコい生き方とは?

「ちょっと悪いことをする時に、ここまでならうまくやればバレないよ、とか。ぎりぎりセーフだからとか。それに対してカッコいい生き方は、正しくちゃんとしていることのカッコよさ、それをお前たちも後輩に伝えるんだよ、ということをを教わりました。人に伝えることができてこそ本物なんだと。」

ーー セコい生き方も、悪い例として気づかせようという狙いがあったのかな?

「ないと思います(きっぱり)。」

ーー あ、本当にセコいんだ。(笑)

「こうやっときゃバレなかったのに、とか。(笑)」

生徒の自主性に任される部分が大きい、そういう生徒会で活動して自信がついた

ーー 確かに下宿は、北星の特色のひとつだよね。

「やっぱり下宿というシステムがあるからこそ、北星の生徒主体の活動がまわるんだと思います。自分も3年生になって生徒会をやって、身をもって体験できました。実は、最初の1~2年はそんなに友だちもできなかった。みんな一人一人違うし、なかなか合わない。早く学校辞めたいって思ってました。生徒会をやるまでは。
 生徒会はひとつのターニングポイントでしたね。」

ーー 生徒会をやろうと思った理由は?

「まず目立ちたかった。(笑)あと、学園祭のステージで生徒会の人たちが話をするじゃないですか。みんなへの感謝とか、自分の想いとか。もうすごく感動して、青春だなぁ、自分も青春したいって。(笑)
 北星の生徒会は、他の学校の生徒会と比べておそらく相当自由度が高い。生徒の自主性に任される部分が大きい、そういう生徒会で活動して自信がついたんですよ。自分の考えをはっきり言えるようになった。
そこで自分が打ち出したのは「みんなを楽しませるのが好き」「目の前の人を楽しませて、自分も楽しくなりたい」「人の上に立つより人の前に立ちたい」ということ。
印象に残っているのは、ステージからマイクを通してみんなに向かってスピーチをした時のこと。憧れていたけど、それまで経験していなかった。僕の言葉に楽しそうに笑ったり反応してくれる生徒たち。ステージから見えたあの景色は忘れられません。」

ーー 今の仕事につながってる?

「つながってますね。自分が笑顔で踊っていたら、観ている人も笑顔になってくれる。幸せです。ファンレターも4通ほどいただいたんですよ。それで自分も元気になれて、また頑張ろうと。お客様に何かを与えるというより、お客様と一緒に楽しく幸せな空間を創りたいという感覚です。ゲストにいいものを与えたいと思ってますけど、ゲストからいただいているものの方がすごく大きい。
その考え方の始まりは、北星の生徒会での経験だったと思います。あそこがなかったら、今の自分はなかったかもしれない。」

ーー なるほど。では、北星余市卒業後のことも聞かせてください。

「札幌の大学に進学しました。勉強しなくても入れそうなところを選んで、そこにぎりぎりで入りました。入った後も勉強はやってません。」

ーー いい話だねえ。

「よくはないですよ。(笑)」

ーー だって、勉強以外のことを頑張ったんでしょ?

「まぁ勉強はともかくヨサコイのサークルに入ったのをきっかけに、本格的にダンスの道へ進んでいくことになります。」

ーー 子供の頃のおぼろげな憧れが、具体的な目標として形になっていくんだね。

「小学生の頃は、ミュージカルのステージの上にいる人たちには、なりたいけどなれないと思っていたんですよ。テーマパークでも、この線から出ちゃだめって、そこから先にいる人にはなれないって。それでもやっぱりダンスは好きで、何かしらやってみたいっていうのは心の片隅にずっとあったんですね。で、北星の生徒会で人の前に出ることの喜びに目覚め、大学生になってヨサコイのサークルに入った。そこで、小さいパレードに初めて出させてもらった時、すぐ目の前の、手を伸ばせば届く距離にいるお客さんが『頑張ったね』と涙を流しながら声をかけてくれて、『あぁ、こんな素晴らしいことってあるんだ』って。自分がやりたいのはこういうことなんだっていう想いが、ますます強くなりましたね。」

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その後、サークルの振り付けを担当していた先生が、ご自身のスタジオへ呼んでくださり、練習や舞台出演をさせてもらっているうちに、謙典くんはダンスの魅力にどんどんのめり込んだといいます。やがてダンサーを目指すことを決心して、大学を2年で中退。地元に帰り、1年間は毎日ダンスの練習とアルバイトだけをしながら大手テーマパークのダンサーオ―ディションに挑戦。見事に合格して4月にデビューを果たしました。その間、他の友人たちが遊んだり飲んだりしている時も、一人公園で練習する彼の姿がありました。レッスン・筋トレ・ストレッチと、寝る間も惜しんで血のにじむような努力を続けていたのです。

ーー 現在謙典くんが取り組んでいるダンスのジャンルは?

「ジャズダンスや社交ダンスも習ってますが、一番の基本はバレエです。ミュージカルダンスもジャズダンスもテーマパークのダンスも条件はバレエが出来ること。出来ないと、どこも使ってくれません。」

ーー バレエにしてもジャズダンスにしても、幼少期から英才教育を受けている人が多いと聞くけど、大学生になってからその道を目指すのは、勇気のいる決断だったのでは?

「正直最初は迷ったし、怖いと思った。今からじゃ無理なんじゃないかと。でも、やっぱりこれが他にはない自分がやりたいことだから、やるだけやってみよう。それでもし食えなくなってもいい、死んでもいいから、やらずに後悔するくらいならやって後悔しようと思いました。
 小・中・高と、親が敷いてくれたレールの上をただ歩いていただけでした。はじめて自分でやると決めた道なんです。だから、覚悟を決めてやるしかない。」

ーー 謙典くんにとって北星余市はどういう存在ですか?

「今の道に進むきっかけを与えてくれた場所です。自分が何をしたいのか、自分で考え行動することをおぼえた場所。でも、北星余市に帰りたい、とは思ってないんですよ。あの頃に戻りたいとは思わない。北星や大学時代のヨサコイの仲間やお世話になった人たちのことは、もちろん大切な思い出です。でも、そこは帰る場所ではない。前に向かって進みたいから、後ろは振り返りません。」

ーー これからの目標は?

「2年後には劇団四季のステージに立ちたい。5年後には本場ニューヨークに渡りたいです。」

ーー 結構きっちり計画立てますね。

「そうしないと出来ないタチなので。(笑)」

ーー 今日は忙しい中、本当にありがとうございました。

その後のキラ星

夢に向かってひた走る渡辺謙典くん。その人生の通過点に、北星余市高校がありました。かつてあの場所で経験したように、周囲への感謝の気持ちを力に変えながら、彼はこれからも前進し続けることでしょう。行く先々で、その場所を笑顔で満たすために。

 

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