卒業生のメッセージ
32期 EIさん
昨年PCを購入したのですが、ふと母校のホームページってどんなのだろうかと思いリンク集から来ました。
名前がイニシャルのみで恐れ入りますか、私は32期生で98年度卒業生です。4月になり春風を感じると入学したばかりで不安で一杯のあの頃を思い出す時があります。
親と遠く離れ周りは知らない人ばかりの下宿生活、最初はやはり辛いなんてものじゃなかったですが一ヶ月もすればあの不安が嘘のように楽しく登校できていました。
正直私は学校が大嫌いでした。偽善と横暴と自己保身の塊のような場所に「どうして」「何を教わりにいくのか」理解できませんでした。友達という友達は皆腫れ物に触るような態度でしか私を見ないのも堪えがたかったです。不登校は悪としか捉えられない人間がいる場所に私の居場所はありませんでしたし家でも厄介者扱いされるときも…(遺書を書いて自宅のマンションの12階に立った時もありました)しかし北星余市に一週間も登校すればこの学校は自分の理解の範疇を超えた所なのだと理解できました。馴れ合いや偽善の優しさなど存在しない、本当の思い「実のある本音」「本当の人間同士のふれあい」がそこにはありました。
新入生として今年から北星余市にお子さんを送り出す父母の方々、どうかこの学校を自分のお子さんを信じてください。
人生を諦めかけた私が3年間病欠以外休まなかったのですから…
3年間素晴らしい経験をして彼等はいろんな意味で大きく成長すると思います。私もそんな彼等を応援する気持ちで一杯です★
(小林下宿ホームページの写真を見て)
おとなしそうな子達ですね★
ちなみに自分は違う下宿で寮長でしたがそりゃあもう大変でした…(いじめが原因で不登校だった傷心の子から何かと突っ張った態度のヒネクレた子だったり…)
それぞれの理由でこの学校に来る様々な新入生にいろんな事を教えていくというのも2、3年生にとってはなかなか苦労することと思いますが頑張ってほしいものですね。
山先生の顔を写真ながら久々に見ましたが、お元気そうで何よりです。
余談ですが職場の上司がたしか14期生で、入社した私の履歴書を見たら「なんだ、I君は俺の後輩か!」とお互いビックリ。
「山先生は元気なのか?」とか「昔と比べて今はどんな感じなんだ?」とかいろいろ聞かれ話が盛り上がりました。
全国各地に先輩や後輩がいるのも感慨深いです。
ともあれ新入生のみんなには楽しく学校生活、寮下宿生活を送ってほしいですね★
「住めば都」ってやつです(笑)
慣れるまでが大変かもしれないけど、きっと素晴らしい経験ができるはず!」
35期 大岸正樹くん 2007年2月16日
2002年3月1日、涙でイッパイの卒業式を迎えてから、もう5年が経とうとしています。
僕は北星余市高校(以下、北星)を卒業したあと、道内の国立大学へ進学・高校教員の免許を取得し、現在、教育への関心から都内の教育学系大学院で研究活動を行っています。二度の高校中退という自分の経験を相対化して、「高校とは何をするべきところなのか」ということをもう一度考え直してみたいと思ったからです。最近は「引きこもり」、「ニート」と呼ばれる若者や不登校、そして高校中退を経験した若者と接し、彼らの視点から高校教育を見直している最中です。
高校中退者の僕が大学院に進学できたことを、北星抜きに語ることはできません。しかし、北星で得たものはけっして「進学」だけではありませんでした。それがなんだったのか、自分の言葉で伝えたいと思います。そして、自分がそうであったように、今まさに、高校進学や自分のこれからに悩んでいる、あるいは嫌々高校進学を考えている仲間にとって「ほんの少しでもいいから役に立てたらいいなぁ」と思っています。
卒業してから5年が経って、「北星余市って、自分にとってなんだったのかな?」って考えることがある。「人生をやり直した場所?」「かけがえのない仲間を得た場所?」「楽しい思い出がイッパイ詰まった場所?」、どれも当たってると思う。でも、それは卒業を目前に控えた3年生後半から卒業した後になって感じたことで、在学中はそんなこと考えてなかった。むしろ、「かったり~授業だなぁ」とか「ヒマ」、「寒い」、「ムリ」とかグチばっかり言ってたような気がする。そんなこと書いたら「じゃあ、オマエにとって北星はそんなに重要じゃないんじゃないの?」って言われそうだけど、そうでもない。
北星には本当に変な先生たちがいる。自分のことを変態って言い切っちゃってる人とか、その人を心から崇拝しちゃって「キミも変態になれる。こっちにおいでよ」って勧誘してくる人とか、生徒の問題行動に怒りまくって帰宅しちゃう人とか。普通なら「それ、マズイでしょ?」って思う人たちがゴロゴロいる。でも、そんな「マズイ」先生たちが熱くなる一瞬に惹かれるときがある。
生徒もいろいろ。外見なんて暴力団構成員みたいなのに、ちょっと叱られたら泣いちゃう奴とか、逆に目がキラキラ輝いてる少年院あがりの奴とか、好青年ヅラしてどうしようもなくオンナったらしの奴とか、いつもおとなしいのに「大岸くん。僕、キミのそういう、いい加減なところが大っ嫌いなんだよね」って急に図星をついてくる奴とか、化粧をとったら誰だかわかんなくなっちゃう女の子とか、年下なのにお母さんみたいな女の子とか。本当に予想できない奴らがゴロゴロいる。でも、そんな外見とのギャップを見れたとき、ちょっと嬉しい自分がいる。
北星には育った場所や年齢だけじゃなく、経験してきたことも全く違う人間たちが集まってくる。3年間っていう長いようで短い時間を、そんな色鮮やかな人間たちと一緒に過ごした場所、そして、彼らと時には笑い、時には陰口をたたき、時にはぶつかり合う中で、自分のこれからを考え続けた場所、それが俺にとっての北星余市なんだと思う。
俺は、そこでいろんな人間から、いろんなことを感じて、いろんなものを得ることができた。それが「大学進学」、「大事な仲間」、「辛かったり、苦しかったり、でも全部ひっくるめて楽しい学校生活」だったんだと思う。
今「やり直しの場」って言われる場所は日本中どこにでもある。高卒資格を手に入れるために通信制とサポート校に行くのも良い、居場所を求めてフリースクールに行くのも良い、若者自立塾などの就労支援機関を利用するのも良い、やり直しじゃなくても繋がりを求めてネットで仲間を作るのも、もちろんアリだと思う。でも、あり余るほどのヒマな時間を変な先生たちや予想外の仲間と過ごす3年間にあててみるのも良いかもしれない。
自分のこれからに悩んで、でも、一歩を踏み出せない人へ。どうせ、いつかは社会に出て行かなくちゃいけない。その時、胸を張って語れる何かや、くじけちゃいそうな時に相談したりグチれる仲間や変な恩師との繋がり、ちょっとやそっとでは負けない図太さを持ってたら意外と気持ちよく生きられるかも。
「やっべぇ、俺の人生終わった。もうやり直しきかねぇな」って諦めてる人へ。がんじがらめの地元から一回外に出て、しがらみのないところから始めてみると意外と上手くいくことがあるかも。しかも、そこで目標なんか見つけちゃったらどうする?
最後はおせっかいな文章になってしまったかもしれません。でも、こんな学校が実際にあります。キレイなことばかりじゃないけど、誰よりも人間らしい教師と生徒がいて、彼らがどこよりも学校らしい学校を創っていこうとしている。それが北星余市です。
「学校がこんなにすばらしいとは思わんかった。学校がこんなにおもしろいとは思わんかった。学校がこんなにつらいとは思わんかった。卒業がこんなに嬉しくて、悲しくて、そしてこんなにも別れ惜しいとは思わんかった」
これは、5年前の僕たちの卒業式で、友人が読んでくれた答辞の一節です。この言葉に彼の3年分の想いが詰まってるんだと思います。こんな卒業式を迎えられるのも、北星余市。今、悩み苦しんでいる仲間が少しでも興味を持ち、北星余市を新しい出発点に選んでくれたら、一人の先輩としてこれほど嬉しいことはありません。
36期 久米明美さん 2004年1月28日
私は中学1年の2学期から不登校になり、学校へは行かなくなりました。
人の裏表もたくさん見てきて人間不信に陥っていたときもありました。
そんな時、私は北星のことを知りました。高校は絶対ここに行くと決め、親を説得して北星に入学しました。私は今でも北星を選んだことは間違いではなかったと思っています。楽しい思い出ばかりではなかったとしても、北星で過ごした3年間、その中でも特に最後の1年間は私の中で一番の思い出です。私は、今となっては不登校だった月日も無駄ではなかったと思えるようになりました。そのおかげで北星の先生方やみんなと出会うことができ、そして、北星と出会えたことで自分らしくなることが出来たからです。もし、北星に行ってなければ今の自分はなかったと思います。北星の本当の良さがわかるのは卒業してからだと思います。卒業してあらためて北星の良さを実感する人もたくさんいると思います。それと同時に大学など周りとの違いを実感させられることがたくさんあります。
私は現在、北海道工業大学に通っています。あともう少しで大学に入って1年が経とうとしています。勉強も大変ですが、なんとか一生懸命頑張っています。でもたまに、「北星は良かったなぁー」と考えてしまうこともあります。でも、今は昔の自分とは違います。諦めないで頑張りたいと思っています。そう思えるようになったのも北星のおかげです。私は北星余市高校が大好きです。北星のことを誇りに思っています。今、北星に通っている在校生のみんなにも自分らしく精一杯生きてもらいたいと思います。
鈴木真弓(旧姓・米山)さん 2003年10月13日
皆さん、こんにちは。
私が通っていたのは、まだ北星余市に制服があって、本格的な受け入れもしていなかった頃なので、これを読んでいる皆さんに参考になるかどうか判らないのでちょっと、ためらったのですが・・・
私は、生まれつき「甲状腺機能低下症」と言って成長する機能が止まってしまう病気でした。それに気付いたのは3歳児検診の発育検査の時だったらしいのですが検査の為、札幌の北大病院で「よく、今まで生きてましたね」と言われたそうです。
そんな事もあって、幼稚園の頃は他の子と比べてかなり小さかったり動作も鈍く、小学校に上がっても簡単な足し算・引き算から理解できずクラスの男の子から毎日のようにいじめられたりして、友達が出来ないまま中学まで、進んでしまいました。友達が出来ない理由の一つには、宿題を忘れて行ってしまうので同じ班の子達に結構迷惑を掛けた事もあります。幾ら考えても、解らない宿題ほど苦通なものはありませんでした。何せ、1番肝心な足し算・引き算からつまづいてるのですから、解るわけが無いんです。
小学1年の時の担任は、結構年寄りで授業中みんなが黒板の問題を解いている間理解できない頭でそれでも考えていた私を自分の孫の様に扱い私を棚の上に乗せ「飛んでごらん」と言ったり、その先生は私を可愛がってたのかも知れませんが、私はそれがすごーく嫌で、でも、先生なので口答えすることも出来ずいつも、言われるままにしていました。
5年の時には、別の先生に「幾ら考えたって解らないものは解らないんだ」と冷たく言われたきり、教えてくれもしなかったし、そのまま、中学に上がってしまって小学生並みの計算しか出来ない私はますます落ちこぼれでいつも、私には劣等感が着いてまわりました。
中学3年の時、担任の先生から「余市にとてもいい学校があるから」と北星余市を薦められました。入学が決まって、それまで友達が居なくてクラスの男子からも馬鹿にされてた自分を知る人が誰も居なかったので逆に心機一転「自分を変えよう」と思い、入学しました。同じクラスになった人達とも、自分なりに積極的に会話に入るようにしました。誘われて入った合唱部も、とても楽しかったしそれまでに無い充実感がありました。
学校の先生たちを、それまで、こんなに身近に感じたことも無かったし先生に自分のことを解ってもらおうと思う事自体、馬鹿らしいと思っていました。理解してくれないのが当たり前と思っていました。所詮、学校の先生なんてものは頭のいい人しか可愛くないんだと思っていた自分の考えが、ここの学校で変わりました。職員室の入り口はいつも、開けっぱなしでとても、入って行き易い感じでした。何より、先生たちに自分が無視されていなかった事が良かったのかも知れません。
私はいわゆる「ヤンキー」(昔はツッパリと言ってました笑)では無かったけど北星へ行くようになってからは、外見は恐くても本当はいい人なんだって思えるようになったし、それまでの学校生活で良い想い出の無かった私には北星余市の3年間は、すごく楽しくて、あっという間に終わった青春でした。
母も、中学までは学校の事など殆ど話さなかった私が北星へ行くようになってからは、家へ帰るとびっちり、その日の有った事を話すようになったので、「明るくなった」と言っていましたし、私の学校へ来るのが楽しかった様です。(笑)
もちろん、私が居た頃も煙草・シンナー等見つかって謹慎処分を受けた人達の出入りが激しかったけど、みんな卒業式では感動で涙が溢れて校歌も、贈る歌も歌えない程でした。私も卒業式で泣けたのは初めてでした。小中学校では、しらけてましたから・・・・・北星余市だったから、泣けたのだと思います。他の学校では味わえない感動が、北星余市にはあります。
私も、この学校に出会えてなかったら、未だに劣等感を引きずったまま自分に自信の持てないまま駄目な人間になっていたかも知れない。未だに、友達も出来ないままつまらない人生を歩んでいたかも知れない。何事も始める前に諦めていたかも知れない。「自分に出来るわけが無い」と思い込んでいた自分を変えてくれた北星学園に感謝しています。最近、テレビ等でよく取り上げられていて懐かしく見ています。年齢も世代も全然違うのに、生徒達に親しみを感じるのは同じ学校を出た仲間意識があるのかな?(笑)私たちが居た頃と、校舎がすっかり変わっちゃって少し淋しい感じもしますが、3年間小樽からバスで通ったシリパの風景は変わらず、今も大好きな風景です。
今居る、在校生にも、これから北星に来ることを考えてる子達にも「頑張れ!」のエールを送りたくて・・・・
気が付いたら、長々と書いてしまいました。(^^; すみません
文章、長くなってしまいましたが、私の想いが伝われば幸いです。
最後まで読んでくださってありがとうございました。m(_ _)m
35期 小宮直美さん 2003年7月4日
35期E組小宮(風)です。
私は今、埼玉県内の国立大に通ってます。転入したのは、3年の4月でした。地元では、小1のころからいじめを受けていて、高校でも同様のいじめを受けていました。しかし、最後の1年を悔いの残らない形ですごしたいという願望(?)から両親を説得して北星に編入しました。3年での編入は正直不安ばかりが大きく、自分のポジションを保つことすら困難でした。しかし、クラスメートに話し掛けてみると、案外話しやすく、自分の心に今まであった雲が晴れていきました。人間不信に近い状態だった私が友人を多くもてたのはおそらくクラスメートのYさんのおかげ。今でも彼女とは仲のいい友人です。
それに、今私が大学に通うことが出来ているのも北星だったからだと思います。あのまま地元の高校に通っていたら、本当の自分を見失って、やりたいことも見つけられず、ただ周囲に合わせて就職をしていたに違いありません。北星にいったことによって自分の感情をコントロールすることも出来るようになり、大学で友人を作ることもできました。
北星に行った1年は私にとって一番充実した選択肢だったと思います。あの時、北星にいかなければ、今の自分はありえないと卒業して2年たった今でも思います。多くの自信・希望を持たせてくれた、北星の先生方、北星でであった友人たちに今は感謝の気持ちで一杯です。
36期 梶田千里さん 2003年6月20日
「自分って何?」「何の為に生きてるの?」当時18才の私はこの疑問と戦っていました。
戦って戦って戦い尽くして、でも、答は見つかりませんでした。
もう戦うのにも疲れたとき、北星余市に出会いました。
今まで経験した事の無い出来事達が、私の心に「もう一度戦おう!」と呼びかけてくれました。
私は北星の先生や友達から、生きる希望と前に進む勇気をもらいました。卒業した今だからいい思い出ばかりがよぎるけど、通っていた当時は、半端なく大変だった。いいこともあって悪い事もあって。もう毎日ぐちゃぐちゃで次から次へと問題が浮き上がって・・・はぁ〜って感じで。(笑)でも、「生きてる!私は今、精一杯生きているんだ!」と思えました。今は地元でアルバイトをしながら生活しています。でも、来年の春。私は念願だった海外へ旅立とうと思います。たまに怖くて、不安になる時もあります。でも、北星からもらった、たくさんの勇気とパワーで、乗り切っています!今まで夢はいっぱいみてきた。でもいつも、途中で諦めてた。だけど、この夢だけは夢で終わらせない!この場を借りて、決意表明します!(笑)先生。世の中はやっぱり厳しいね!くじけそうになる。自分の存在をとてつもなく小さく感じるときもあるよ。だけど、ウチは諦めんよ。逃げんよ。それを教えてくれたのは先生達。北星のみんなだよ。ありがとう。
今、北星に通っている在校生のみんな、一日一日を精一杯生きてください。つまらないかもしれない。だるいかもしれない。でも、途中で諦めたりしないで。今目の前にある壁と正面から向き合って、自分からぶつかっていこう。答は見つかる。絶対見つかる。ウチは北星ってそうゆうところだと思うから。
人生は一度きり。でも、何度でもやり直せる。「おもしろいじゃない!人生って!」うっひょひょ〜い♪
は〜るか〜なシ〜リ〜パ〜♪以上!36期北星ゴリ組 ☆CHISATO☆でした!
36期 東早月さん 2003年6月19日
北星を卒業して早三ヶ月がたちました。大学は毎日があっという間に過ぎていきます。勉強はやっぱりむずかしいですが理解ができたとき嬉しいです★
北星時代の一年生のときはよく出るな〜というぐらい毎日泣いていました。でも三年間で泣かないでも生活できる子になりました!
友達、先生、親、沢山の素晴らしい人たちに囲まれて高校生活がおくれました。北星でしかできない沢山の経験もしました。一生の宝物です。
泣いて、笑って、語って、貴重な時間でした。時間がありすぎて暇だな〜とか思ったりしたときもあったりもしました、でも今は「浜に行きたい病」です。あの時間は無くてはならない時間でした・・・
時々北星時代の先生、友達と話していると高校のときがなつかしく戻りたいな〜なんて思うこともありました。
でも今は高校三年間学んだ事を大学で発揮しようと頑張っています!!大学が楽しいです!学べるということがすごく贅沢なことだと思いました。
大好きな武さんに笑顔で会えるように、大好きな北星に帰れるように、少しでも成長した私で北海道にいきたいと思ってます。
帰りたい場所がある、会いたい人達がいる、すごく幸せです。
33期 cyokoさん 2003年6月3日
第三十三期生の卒業生です。北星での生活今思い起こせば懐かしく思います。
僕は、佐々木先生(現校長)のクラスでした。北星での生活は、とても大変でしたが、とても楽しく良き仲間ができました。
僕は、1年遅れて入学しました。先生、親に迷惑かけながら卒業しました。だけど、北星は、通過点であり社会にでるといろいろな壁がありましたが、今は北星の経験を活かして仕事をしています。在校生の皆さん絶対卒業してください。先生に迷惑かけても親に迷惑かけても、絶対自分のためになります。卒業の感動を味わってください。迷惑かけても卒業してから、ゆっくり恩返ししてけばいいから。
35期 山田りのるさん 2003年5月23日
私は北星余市に入学する以前は人の目を気にし、思い込みが激しく、明るく振る舞いながらも毎日不安にかられていました。
中学の先生…思い返せば反発もしましたが、やはり教師や学校の考えに押さえつけられて、それを無意識に受け入れていたように思います。友達が知らぬ間に自分から離れていったり、嫌がらせもうけました。何があっても堪えて強がっていました。今考えると誰かの力になりたい、自分の思いをはっきりと言える人になりたい、という強い気持ちがあったと思います。
北星余市高に入り、やったことのない何かに挑戦すれば、自分を変えられる、弱い自分と向き合える、という思いが生まれました。それを気づかせてくれたのは先生と友達でした。本気で心配し、いつでも話を聞いてくれる。それでいて一緒にバカになれる先生や仲間にたくさん出会いました。
弁論大会、ヨサコイ、生徒会執行部、校内ライブ参加、友達と同好会をつくり、海が近くなければできないヨット部に入り、すごくすご〜くやりたかった合宿も体験しました。
私は今大学に通っています。入学して1年が経ちました。でも悲しいことに、北星余市での学校生活のように、誰かと協力して何かをやりとげたり、うれし泣きしたり、誰かに感動させられたり、自分の変化を感じられる瞬間は全くありませんでした。私が大学に期待をしすぎていたかもしれません。
やはり北星余市が違うんですよね。北星余市にいると、自分から動き出さなければ何も始まらない、そんな思いをいつも持っていられました。友達づくりにしても、各行事にしても、人まかせにしたり、誰かの真似をしては自分だけが感じられる新しい気持ちや、達成感は絶対に生まれません。
私は中学時代、嫌われたくない、一人になりたくないという思いが先に行って、結局は流されたり、気持ちを押し潰して生きていました。でも人は変わります。私は今、思ったことを包み隠さず言えるようになりました。でも自分が思ったことを相手に伝えられるようになった今、北星余市と今の大学のギャップを未だに受け入れられません。相手に伝えることができても、相手に聞く姿勢や受け入れる姿勢がないと、気持ちというのは伝わりません。
私の大学ではほとんどの授業で、無駄話が止まないことがあります。真面目に勉強をしに大学に来ている人は、ごくわずかだと思います。本当にバカバカしいです。私はこのような人の中に、自分の心の許せる人を見つけることができずにいます。(一人もいないわけではありません!!ボランティアやサークルなどでできた仲間もいますよ??)
北星余市にいれば、うるさい人がいれば気にせずに注意できたし、後先のことは考えずに、その人のために何かを言うことは容易いことでした。でも、格好ばかり気にする若者の中に入ると、自分の持っているはずの勇気がグ〜ン…と減少してしまいます。そう考えると、私は北星余市にいるときのように毎日輝いてはいないと思います。
しかし、私が感じているこのギャップやこの窮屈さ。北星余市に行かなければ絶対に感じることのできなかったものです。余市でたくさんの感動をもらっていなかったら…私は自分を嫌いなまま、弱い自分のままでした。大学に行っても、チャラチャラして何も考えずにいたかもしれません。今私が感じているモヤモヤした気持ちは、成長の証じゃないでしょうか?
私は、自分を変えてくれた北星余市高校が大好きです。
今後も陰ながら応援し、自分自身を変えられる力を持った素晴らしい後輩たちを見守っていきたいです。
36期 藤澤輝幸くん 2003年5月13日
在校時の思い出。僕にとっては忘れられないぐらい、いい場所でした。全てがいいことばかりなわけじゃないけど最高の思い出です。実際卒業した今でも同じ北星の友達と話していて戻りたいという会話ばっかです。すごい北星余市を誇りに思い、色んな人に自慢したいと話しています。
北星はみんなが楽しめるわけではない。まあそれはどこの学校も一緒だと思う。でも心になんか傷を持った仲間がいる。ふつうじゃわかってもらえない気持ちが気楽に話せ、気持ち的にすごいらくで、すごい深い仲の友達が僕は、すごい大事な友達がたくさんできました。先生もハッキリ言って友達みたいな感じ。友達のように話し、友達のように遊んでいた。
僕は、北星余市を卒業し京都の京都産業大学に進学しました。北星を卒業し、大学に入ると、何が一番辛いかといえば僕はやはり勉強。もっとちゃんと勉強してればと後悔してます。
北星で、生活し始めたときはすごいだるかったし、つまらねーとも思った。でも北星の本当のよさは卒業すんぜん、卒業してからわかるんです。そのよさは、テレビやインターネットで見るだけじゃ絶対わからない。北星という場所に行った人だけがわかるよさがいっぱいある。そして、一生の最高の友達が僕はできました。俺にとっては最高の場所でした。

